第7章「かいほう」 6-5 ヴィヒヴァルンの進む道
「ドラーテへ使者を!」
「ハッ」
外務担当大臣が、席を立った。
「ウルゲリア滅亡に伴い、平原の開拓を許可し、このヴィヒヴァルンが資金と人材の全てを提供して、かつドラーテ家の本領を安堵する。その代わり、アルメドスはヴィヒヴァルンの傘下に入るか、断ってドラーテ家も滅亡するか、どちらかを選ぶように」
「畏まりまして御座ります!」
ドラーテ子爵にしてみれば、災難を通り越し、悪夢である。ただでさえ大国の思惑で、アルメドスは帝国でも最貧地区として喘いできたというのに。勝手な思惑で開墾を解禁したかと思えば、臣下となるか滅びるかの二択とは。
「……本領安堵とは、お優しい!」
「フ……なぁに……今のところ、な」
2人の眼が異様な光をたたえているのを、会議に参加している配下の全員が畏怖と恐怖をもって見つめていた。
事実、アルメドス平原国は子爵家の意向により年明け早々にヴィヒヴァルンに併合され、王国の領土となった。表向きは平原国からの申し出による合法的な併合だが、実際はヴィヒヴァルンの侵略だ。
そして3年後、ドラーテ家はよく分からぬ理由で改易され、滅亡した。ただし、領民は魔術も駆使した開墾により、比べ物にならぬほど豊かになったという。
「しかし、陛下! フィーデ山の噴火と、帝国の『食糧庫』たるウルゲリアの壊滅により、帝国の今冬の餓死者は、百万単位でしょう! 滅亡・消滅する小国も数多あるか、と……!」
「だ、ろうな」
「こんなこともあろうかと、普段より食料や資源を備蓄している国は、多くはありますまい!」
「自業自得よ」
云いつつ、ヴァルベゲル、
「ヴァントラー」
「ハッ」
内務担当大臣が、直立不動で席を立つ。
「いまから街道沿い、関所、国境沿いを固めておけ。不法侵入者、不審者は容赦なく殺せ。冬になると、難民、棄民が押し寄せてくるぞ」
「畏まりまして御座りまする」
「ただし、当家及び王立魔術院に所縁のある魔術師と、その縁故者は除け」
「ハハッ……!」
国境沿いは、魔術で生み出した火竜を中心に警備することになる。我々で云う、主力戦闘攻撃機と主力戦車を合わせたような超絶強力ドローンといったところだ。生半可な相手では、とても太刀打ちできない。他にも、魔術で生み出した警備用の魔物は複数、いる。
だが、ヴィヒヴァルン流・ヴァルンテーゼ魔術院流の魔術では、そのような魔術で生み出された王国防衛用の強力な魔獣や魔物に対する「味方信号」を出す秘術が必須科目であった。もちろん、ヴィヒヴァルン出身者、魔術院卒業者からその秘術を習った術者も、保護の対象となる。
「聖下が各地の魔王を倒せば倒すほど、世界は壊れてゆきましょう! ですがそれは、新たなる世界の、生みの苦しみにて! 我らヴィヒヴァルンは、常に先手先手を打ち、聖下の覇業を後ろから支えねばなりませぬ!」
いつものように溌溂なシラールの甲高い声に、ヴァルベゲルが大きくうなずく。
「で、あれば……余のすること、できることは、限られてくるな」
ヴァルベゲルが、ギロリと会議室の壁に映っている真紅の斑の大地を睨みつけた。
「いかさま!」
「よいか、これは、帝国の要神たる大魔神メシャルナーも御認めになっている、最終的に世界を救う聖なる覇業よ。よもや皇帝と皇府が現状に居座り何かをするとは思えぬが……大魔神は、事実上、帝都より動けぬ身。また、その御力のほぼ全てを世界の維持と均衡に費やしておられる。皇帝とチィコーザがどう出るか、誰にも分らぬ。当家より、聖下を奪うやもしれぬし、新たなる要の候補を出してきて、聖下と相争うやもしれぬ。我々にできるのは、政で聖下を御助けすることだ。皆みな、身を引き締めて対処せよ」




