第7章「かいほう」 6-4 美しいが、死の大地
(竜どもがクソやションベンを垂れてなんともねえんだから、アタシらがどうしたところで、なんともねえとは思うけど、な……)
そうは云っても、意表をついて人間の用足しが何かしら魔法的な影響を与えて脱出に支障が出たとなっても心持ちが悪い。
フューヴァ、ペートリューをちらりと見やると、小樽を1つ飲みつくして、ムズムズしている。ペートリューもトイレっぽい。
ルートヴァンの邪魔をするのは不本意だったが、意を決して声をかけようとした、その時。
「迎えに来たよ」
忽然と、車の横に半眼無表情のストラが顕れた。
「ストラさん!!」
フューヴァとペートリューが、ほぼ同時に叫んだ。
そしてルートヴァンが眼の色を変えて全速力で駆けよって、五体投地気味にスライディングするとそのまま土下座し、
「聖下ああああああ面目次第もござ……!!!!!!」
「いいから」
「ハアアアアハアアアアアーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!」
「少し、離れたところに出るから」
ストラが閉鎖空間ごと移動させ、アッという間に、ゲートが開くようにして現実世界に到達する。
「あ……!」
4人が陽光を反射するまぶしさに眼を細め、その独特の風の匂いを胸に吸いこんだ。
海が、見えた。
「これは、ひどい」
ルートヴァンから、聖魔王討伐とウルゲリア壊滅の報が入ってから、2日後。
ヴィヒヴァルン王城の枢密最高会議の場。
ヴァルベゲルとシラールを筆頭に、王国政府と魔術院の主だった者が、大理石の壁一面に映し出された偵察火竜の視界を見やって声を上げた。
この魔法の火竜は、我々で云う戦闘偵察機のようなものだ。
広大な大地の一面が、様々な濃淡の赤や黒、臙脂、橙色やオレンジから黄色、レモン色、ときどき深い青に覆われ、天然のシンバルベリル結晶が砕け散ったガラスめいてあちこちにキラキラと光っている。
人間はおろか、生き物はまったくいない。植物ですら、見渡す限り、それらマーブル色に覆われている。まるで、他の惑星だった。
「美しいが……死の大地だ」
ヴァルベゲルが、半ば呆然とつぶやいた。
「聖下の見立てによりますると……」
シラールが報告する。
「元王都を中心に、ウルゲリアの3割以上が、これより酷い超高濃度魔力に汚染され、偵察の火竜ですら近づけませぬ。大森林地帯を含む、その周辺の5割ほどが、御覧になっているような状態であり、ウルゲリア最外周部の残り2割ほどの土地が、なんとか人が住めなくもないと云った有様にて。ですが、通常の数十倍から数百倍の魔力が、人や家畜、作物に今後どのような影響を与えるのかは、完全に不明でござる!」
それは、テトラパウケナティス構造体分離方式による疑似偵察衛星で、ストラが衛星軌道上より観測した結果だった。
「やれやれだ」
ヴァルベゲルが意気消沈し、肩を落とした。
「あてが外れましたかな!?」
シラールが、満面の笑みながらもその毒針のように鈍く光る眼を、王へ向ける。
「お前とて、外れたであろう」
「……魔王を使うというのは、こういうことだということです!」
「何を、知ったようなことを……!」
「私も、学び……いや、思い知りました。我々の浅はかな思惑の、遥か斜め上空を、聖下は事も無げに飛んでいらっしゃる!」
まったくだ、と云わんばかりに、ヴァルベゲルが嘆息した。
「……で、どうする?」
「ウルゲリアがダメなら、平原国を!」
「アルメドスを?」
「いかさま!」
もう、賢明なヴァルベゲルは全てを理解した。
アルメドス平原国を治める帝国の国衆の一家であるドラーテ子爵家は、恐らく神聖帝国の中でも、独立した国主の中で最も位が低い。それはつまり、本来であればとても独立しておられる立場や状況ではないのだが、ヴィヒヴァルンとウルゲリアという2つの帝国内超大国の緩衝地帯として独立させられており、またウルゲリアから続いているはずの肥沃な大地の開墾を禁じられて久しい。それを、解禁しようというのだ。




