第7章「かいほう」 6-3 閉じこめられた
プランタンタンが、呆然と前方を見ながらつぶやいた。
云われて、フューヴァも周囲を確認する。
明るさは変わってなく、コンクリートめいた濃い灰色や薄い灰色の次元トンネルの壁や天井、地面やその境もよく見えるが、
「後ろも、無いぞ」
フューヴァが振り返ってつぶやいた。
「次元内に、取り残され、閉じこめられました!」
いきなりペートリューが起き上がってそう叫んだので、フューヴァもプランタンタンもビックリして身をすくめた。
「ど、どういうことだよ!? ルーテルさん!」
フューヴァ、隣の席でぐったりしているルートヴァンの肩を揺さぶった。
「ハハ……こういう時だけ、優秀だねえ、ペーちゃん……」
乾いた笑いに顔をひきつらせ、ルートヴァンが身を起こす。
「確かに……閉じこめられたようだ」
つまり、バレゲルエルフの次元トンネルからルートヴァンが臨時に繋げた次元トンネルを切り離したことにより、どういうわけか行き先も閉じてしまって、次元内に閉塞した「部屋」として浮遊している状態と推察された。
「なんで、行き先も消えちまったんでやんす?」
大きな身体の狼竜達も不安がって、キョロキョロしながらプランタンタンを振り返っている。
「なんでだろうね」
ルートヴァンにも、まったく分からなかった。
それを、これから解明して、繋げ直さなくてはならない。
でなくば、永久に次元の隙間に閉じこめられ、遠からず、みな干からびる運命だ。
「…………」
どうしようもない時に文句を云ったりわめいたりしても何の解決にもならず、意味も無いことは、これまでのストラとの旅で痛感していた3人、黙ってルートヴァンに全てを任せるが、それでもそろって巨大なため息は出た。
「面目ないッ……!」
珍しくルートヴァン、素直に謝罪の言葉を出す。
「しゃあねえよ、ストラさんがいねえときは、アンタが頭だ」
フューヴァが伸びをして、頭の後ろに両手を当てた。
「そ、そそ、そうですよ、それに、ルーテルさんしか、ここから脱出できないでしょうし」
ペートリュー、そう云いながらも不安を隠せず水筒の酒を一気飲みする。
「でも、タケマズカの旦那なら、きっとこんなことにはなってねえでやんす」
容赦ないプランタンタンの一言に、
「ばか! もっと気を使って物を云えよ!」
しかしルートヴァン、苦笑しながら、
「いや、プランちゃんの云う通りだ。僕は……」
そこまで云って、黙りこむ。
そもそも、ある意味ストラに匹敵するタケマ=ミヅカと比べられても……といったところだが、そんなことはプランタンタン達が知る由もなく、文句を返そうという気にもならぬ。
「まずは、現状を把握するか」
ルートヴァンが車を降り、白木の杖をかざして魔力を計りながら、詳細に観察を始めた。
狼竜は一頭の体長が尾を含めて我々の単位で云うと4メートル以上もあり、それが2列3頭立てで走っている。その大きさが丸ごと閉じこめられているので、それほど狭い空間ではない。
その狼竜達が不安でソワソワと動き始めたので、プランタンタンが御者台から降り、竜達の間に入って一頭ずつ顔や喉をさすり、なだめてやった。短いつきあいだが竜達はすっかりプランタンタンに慣れており、甘えている。
「たいしたもんだぜ」
フューヴァが感心して、そんなプランタンタンを眺めた。
それから……。
3時間ほど経った。
ルーテルは、渋い顔で閉鎖空間の外周を40周はしている。
その顔を見て、状況は芳しくないのだろうなと察したフューヴァ達は何も云わなかったが、
「そろそろ、マジで便所に行きたくなってきたぜ」
生理現象はどうにもならぬ。
この世界の住人の居住環境や衛生環境に基づく諸習慣から鑑みて、我々の羞恥心を含めた常識が根本から通じないのは云うまでもない。現にこれまでの旅でも、ルートヴァンの近くで平気で用を足してきている。ルートヴァンとて同じだ。加えて、互いに身分(階級)や職能が違いすぎ、気にならないのもある。さらに、プランタンタンは異種人類だ。
また、竜達が時間を持て余して、何頭かはその場で糞や尿を落としている。それに紛れ、いまさら、そこらで用を足すのに抵抗があるわけではない。
問題は、この魔法的な状況でそんなことをして何か影響はないのだろうか、という、彼らにとっての常識に引っかかっている点だ。




