第7章「かいほう」 5-2 神の怒り
ドン引きしたルートヴァンが、青ざめてゆっくりと前を向く。周囲の景色も次元トンネルの無機質な薄灰色や薄い青が流れているだけで、風情も何もない。吹きこむ風に目を細めて、こうなったらなるべく速くこの地獄が終わることだけを願った。
トンネルはかなり広いのだが、マッハで飛行する物体が先に進んで後ろのフューヴァ達に影響が無いわけが無い。はずなのだが、どういうわけか何も無かった。ストラは容赦なくマッハ3という超高速で進み、次元トンネルを使用せずとも数分で到着する距離を12秒で到達した。
当然、ゴルダーイはその超魔力で次元トンネルの接続を感知していたが、封印空間では何もできないので、ただストラが現れるのを待った。
加速時間も含め、感知から20秒でストラが王都に到着した。
次元トンネルの出口は、王城兼大神殿敷地内の、小高い山の中腹当たりだった。
通常のトンネルから新幹線が出てくるだけでも凄まじい衝撃波が騒音や振動問題を引き起こすというのに、次元トンネルから人間状の高出力テトラパウケナティス構造体がマッハ3で出てくるのである。
幾重にも御聖女の封印を護る巨大城壁が怪獣に蹴飛ばされたかのように砕け、王都中の人間が耳を押さえてひっくり返るほどの、天が破裂したかとも思える大轟音が天も割れんばかりに轟き渡った。
衝撃波の直撃を受けた神官や使用人、衛兵は全身がひしゃげて即死。生きていても鼻口や耳から大出血し、すぐさま悶絶死。あるいは、崩れた城壁や外壁の下敷きとなって死んだ。
「何事だ!!」
隕石が直上で爆発したかのような轟音と衝撃で地震めいて城が揺れ、執務室で椅子から落ちたルジャークが立ち上がりながらそう叫んだが、耳鳴りで自分の声すらよく聞こえなかった。
「何ご……!!」
もう一度、叫ぼうとし、ルジャークは全身が総毛だった。凄まじい怖気に吐き戻しそうになり、口を押えて、執務机に突っ伏した。
あまりの怒りにより怨嗟の域にまで達した、とんでもない量と濃度の神聖魔力が城の中央を突き破って立ち昇り、大雨のように天から降り注いで浸透、大神殿全体を汚染した。
(まさに……神の怒りだ……!!)
御聖女が、封印から出た。
そう直感したルジャークは、恐怖のあまりその場に崩れ、大きな机の下に潜りこんだ。
実際は、まだ封印が完全に解けたわけではなかった。
だが、次元トンネルによって増幅された衝撃波は次元震となって物理的にも空間的にも影響を及ぼし、ゴルダーイの封じられている強大にして強固な檻をも揺るがした。けっして内側からは破ることのできない特殊なその檻が外側から強力に揺さぶられ、次元に亀裂が走った。
「……祈りの封印が……信心の檻が……1000年ぶりに……破れようとしている……!!」
ゴルダーイがシンバルベリルの埋まる右目を真っ赤に光らせ、祈った。
その真上に、ストラがいた。
そしてすかさず、大神殿の上空から、柱となって屹立する大魔力の根本に向かって両手を突き出し、その間に発生させた巨大なエネルギーをもって周辺空気をプラズマ化。ほぼストラの全身が光り輝き、ガーベルト級宇宙戦艦の大口径主砲クラスの大出力プラズマ粒子砲として真下に発射した。
衛星軌道上からの艦砲射撃による、大気遮蔽抵抗にも耐えうる出力だ。
元来の封印の丘を含む、山間の中央部分が大神殿ごと蒸発、爆発して四散した。
爆轟が天まで昇り、衝撃波と高熱が猛烈な爆轟効果となって周囲を音速でなぎ倒す。真っ赤なきのこ雲が、雲を突き抜けて立った。
加えて、その爆風と衝撃で人口30万の王都を震度7の地震が襲った。ただでさえ衝撃で吹き飛び、崩れた建物が、さらにドミノでも倒したかのように崩れた。
ストラが爆発の中で空中に浮かんでいると、轟音をかき消すように鐘の音が響いた。これは、空気ではなく空間を振動させてるため、どんな轟音や爆音の中でも聴こえた。
そして、猛烈な爆煙を消し飛ばして、巨大な赤い線模様の目玉が上下に並んで出現する。
その上下の紋様の中間に、ゴルダーイがいた。
「異次元魔王……封印の丘よりの解放を感謝します……そして……貴女を滅し……真なる解放をこの手に!!」
やおら、ガーン!! ゴオオォン!! ガラゴロガラン……!! と、無数の大小の鐘が乱打されると共に、御聖女の赤い眼の紋様が、周囲の空間に大小数十も現れた。
まさに、これこそが御聖女の「天の眼」だった。




