第7章「かいほう」 4-4 魂の解放
「このバカ……!」
と、フューヴァは思ったが、意外や、
「おい、いそげ!! 魔王様の御従者に、血と泉を!!」
族長の1人がそう云いつけ、旅の半ばまでペートリューが毛長馬にくくり付けていたような木の小樽を2つ、エルフ達が持ってきた。ペートリューが奪うようにそれを受け取り、樽のコルク栓をかじりとるや、直接口をつけ、音を立てて一気に呑み始めた。
「おおっ……!」
エルフ達が感嘆し、いっせいに右手で額と胸に円を描いた。
(こいつらもかよ……!)
フューヴァが、苦虫をかんだような顔になった。まったくついて行けない。
「美味しい……! これ、もしかして山葡萄ですか?」
ペートリューはペートリューで、眼を輝かせてそんなセリフだ。
「お分かりになりましたか!」
「さすが、魔王様の御従者だ……!」
「オホン、オホン!! ウォッホン!!!!」
フューヴァのわざとらしい咳払いで、族長たちもアッという顔になり、気まずそうに無言となる。
「さあ、最長老様、御話しの続きを御願えするでやんす」
タイミングのいいプランタンタンの声が聴こえたのかどうか、またモソモソと大総主長が声を発する。
「何がどうなったのか、既に記憶は御座りませぬ。が、15人の内、この森へ戻ってきたのは、私1人だけでした……。それから800年以上が経ち……御聖女は、いまも当時の姿のままで、封印の丘におわします」
「当時の姿で……」
思わず、ストラがつぶやいた。
「いかさま……そう、伝えられております」
「生きているのですか?」
「はい。生きて、生活しております」
「普通に?」
「はい」
ストラの眼が細くなる。
(魔力子による時空歪曲効果か……しかし、時間を止めるわけでも無く、時間速度を低下させるわけでもなく……姿だけを若いままに留める……? どうやって? 未知法則の中でも、相当に原理不明な時空操作と認めます)
そんなストラを、ルートヴァンがさらに眼を細くして見つめた。
「そして……魔王様に御願い奉りたき儀とは……そんな御聖女様を御解放願い奉りたく存じあげまする」
「解放?」
「いかさま」
「救出ではなく?」
「はい」
「解放……」
ストラがルートヴァンを向き、二人の目が合った。
ルートヴァンが胸に手を当て、軽く会釈し、
「以後、魔王様に代わり、不詳、従者ルーテルめが詳細を伺います」
「……」
大総主長を始め、族長達がいっせいにルートヴァンへ視線を移した。
「皆様方が魔王様に願うのは、封印……すなわち、王都に囚われている御聖女の救出ではなく解放……その意味するところは……すなわち、その身の解放では無く……『魂の解放』と受け取ってよろしいか?」
「いかさま」
「殺して良い……と」
「いかさま」
ディーンボロウが、やけにハッキリと云い放った。
「その意図は? なぜ、せっかく呪法により若い姿と長命を保っている聖魔お……いや、御聖女様を殺すのです?」
「それが、御聖女様を御救い申し上げることになるからです。そして、そのことによって、初めて御聖女様は真に神となられるのです」
「ほう……その心は?」
「ハイ、生き神などというのは……しょせん、神をふりをした権威者にすぎませぬ。この世で、生きているのですから。それは、神ではありませぬ。つまり、それでは、御聖女様はいつまでも紛い物のままなのです。我らは、我らの神を真に神たらしめるため、御聖女様を……その魂を牢獄より解放せねばならないのです」
ディーンボロウの白濁した眼が見開かれ、声に最長老とは思えぬ異様な張りが伴っている。
神官戦士長にして主教長のキュヴュイィや他の族長たちも、打って変わって眼が据わり、まるで薬物か何かでキマっているような視線をルートヴァンへ向けた。




