第7章「かいほう」 4-1 バレゲルエルフの里
エルフ達に交じって、ストラ達も歩いた。総勢40頭からなる凶鳥と狼竜の群れも、大人しく歩いている。
このような怪物が日常的に存在する世界とはいえ、都会生まれ都会育ちのフューヴァは、やはり近寄られるたびにビビって身をすくめた。
これらは、魔力に依存して生きている生物の「魔物(魔獣)」ではなく、この世界の他の生き物と同じく有機食糧を摂り生命活動を維持する。怪物ではあるが、通常生物だ。
さて、魔術に集中し無防備だったところに、まともに次元振動を受けて「魂魄の脳震盪」状態だったルートヴァン、ようやく回復してきた。肩を貸してくれていたペートリューから離れ、ストラの横に来ると、
「面目次第も御座りませぬ……聖下……またしても、聖下の偉大なる御力によって救われまして御座りまする……」
しょぼくれて、そう囁いた。
「うん」
ストラは適当に返事をし、位相空間制御システム以外の法則でこの原始的な次元回廊をどうやって発生させ、かつ維持しているのかを探り続けていた。しかし、
(完全に不明。まったくの未知法則。魔力子がどのように作用しているのか、観測不能。また、魔力子をどうやって操作しているのかも、引き続き不明。観測及び記録を続けます)
既に、この世界に飛ばされる前に従事していたはずの作戦内容も亡失し、なんのためにこんな観測や記録を行っているのかも思いだせない。ただ基本行動プログラムに従っているだけなのかどうかも、自分では認識できない。
(なんのために……)
そういう自分の行動に対する自問も、本来は禁則化されている。兵器には、不必要な思考だからだ。
だが、いま、ストラはその思考ができている自分に戸惑っていた。
(どうして、こんなことを……)
大規模次元破砕効果をまともに食らった影響としか考えられないが、あくまで推測だ。実証できない。また実例も報告されていない。少なくとも、ストラの記憶する全データ範囲内では、大規模次元破砕兵器にまきこまれて、元の次元に戻ってきた例は確認されていない。
従って、極めて希少な実例を無意識で記録し続けているのだ、と認識していた。
「着きました」
エルフの隊長がそう云うと、今まで何も見えなかった行き先に光が現れ、それが開いて森の緑が目に飛びこんだ。時空が歪んでいるため時間の流れも少し奇妙で、数時間歩いただけのように思えた。が、距離としては、120キロは進んでいる。
「うわあ、こりゃすげえでやんす」
真っ先にそう口を開いて上や周囲を見やったのは、プランタンタンだ。ゲーデル山脈の奥深くという同じような山間に生きてきたが、木々の濃密さや種類、巨大さがケタちがいだった。ゲーデル山脈の高地の植生はもっと高山性で、確かに木々が密生していたが、このような巨木は少なかった。ここは針葉樹と広葉樹が入り混じり、樹齢数千年と思われる幹回り10メートル以上の巨木がそこかしこにある。
獣達が次元の穴から次々に出て、自由に森の中へ消えた。この巨木に比べれば、小鳥とネズミに思えた。
隊長エルフが、出迎えた兵士仲間にストラを紹介しようとした矢先、
「こいつらが、王都派の密使か!?」
出迎えの兵士が、いきなりそう叫んでストラ達を睨みつけた。
「ちがう! ばか! 我らが探していた、ヴィヒヴァルンの新しい魔王様だ!!」
「ええッ!?!?」
当たり前だが、細い眼を見開いて、出迎えのバレゲルエルフ達が驚愕した。
「どうして、ヴィヒヴァルンの新魔王が王都派の密使を!?!?」
「ちがうちがう! ……もういい、大総主長様に直接御説明申し上げる!」
隊長がストラをうやうやしく先導し、森の中を歩いた。
ルートヴァンやフューヴァ、プランタンタンが、かなり細かい色彩の、バレゲルエルフ達の着ている民族衣装を通りすがりに見やる。
「バレゲルのみなさんは、ふだんから、あんな祭みてえに着飾ってるんで?」
プランタンタンが、側を歩くバレゲルエルフへ不思議そうに話しかけた。
「祭? 祭の時は、祭の服を着るぞ?」
「へえッ!? もっとハデってことでやんすか?」
「うーん、まあ、ハデっちゃあ、そうだな。あんた、どこのエルフだっけ?」
「ゲーデルの牧場エルフでやんす」
「ゲーデルのエルフは、どんな服を着てるんだ?」




