第7章「かいほう」 3-10 魔王紋
「……と、そ、そうだ……。えーと、いいか、この世のものとは思えねえくらい、メチャクチャ強いっちゅう意味だ、このヤロウ!」
「ばかぬかせ」
エルフの隊長が、鼻で嗤う。フューヴァがわざとらしく肩をすくめ、
「まあ、そういう反応だと思ったぜ。じゃあ、このひっくり返ってる馬みてえにみんなぶっ殺されても、文句はねえんだな? フィーデ山が噴火したのも、イジゲン魔王様の力だぞ? でけえトリだろうがエルフだろうが、魔王様にゃ関係ねえし、容赦しねえ。おまえらなんか、瞬きしてる間に全滅だぜ。これは、脅しなんかじゃあねえからな」
「…………」
隊長エルフの目つきが、異様な殺気をたたえ始めた。フューヴァは内心、死ぬほどびびったが、ストラもいることだし、なによりウソは云っていない。
と……気がつけば、聖騎士たちを皆殺しにした狼竜の群れが、凶鳥に代わって周囲をじっとりと包囲している。
(な、なんだ……こいつら、みんな、あの南部人どもみてえな、魔獣使いってヤツなのか……?)
フューヴァは、ヴィヒヴァルンの街道で火竜などを使っていたキレットとネルベェーンを思い出した。ストラに帰依し、命を救われたのち、タケマ=ミヅカの命でどこかへ行ってるはずだ。
「……!」
20匹もの怪物どもが刺すような視線でフューヴァを睨みつけ、魔狼めいて低く唸りながらゆっくりと周囲を歩いて回っている様子に、さすがのフューヴァも無意識に足が震えだした。それに気づき、エルフの隊長、ニヤッと嗤い、
「どうした? 魔王の従者よ……獣どもが怖いのか?」
「なっ……こいつ、ふざけんじゃねえ! ああ分かったよ。命がいらねえのは、てめえらのほうなんだな!」
「まあ、まて……」
エルフの隊長が手を上げる。
「?」
フューヴァが眉をひそめた。
「ヴィヒヴァルンに新たな魔王が現れたというのは……実は、既に知っていた。我々とて、ヴィヒヴァルンに伝手はあるのでな」
フューヴァには意味が分からないが、王都派、バレゲル派だけではなく、異端である森林派の隠れウルゲンもヴィヒヴァルンに潜んでいるということだ。
「もし、その女戦士が本当に魔王であれば、話は変わる。むしろ、我々のほうからどうにかしてヴィヒヴァルンの新たな魔王に接触しようと思っていたところだ」
「なんだって!?」
「お前たちが王都派の密使ではなく、それを装った魔王というのなら、証を出せ」
「証……?」
フューヴァの心臓が、早鐘を打った。
「魔王紋を見せてもらおう!!」
「まお……」
なんでえ、とフューヴァ、胸をなでおろしつつ、首飾りに仕立てているメダルを懐から出し、大きく息を吸う。
そしてタケマ=ミヅカ直伝の、
「……ええい、てめえら、控ええい、控え控え、控えおろおおーーーーうッッ!!」
フューヴァがいきなり大声を張り上げたものだから、エルフはおろか周囲の狼竜たちもビックリして身をすくめた。
「この紋所が、眼に入らねえかってんだ、コンチクショウ!! こちらにおわす御方をどなたと心得る!! 畏れ多くも先の魔王を討ち倒し、直に魔王号を授けられた真の新なる魔王!! イジゲン魔王ストラ様なるぞおッッ!! どうだ、分かったか!!」
エルフ達が硬直して、フューヴァの手に握られるメダルを凝視する。
「頭が高えんだコノヤロウ!! 分かったらとっとと控えねえかああーーーッ!!!!!!」
これは、モノそのものとしては、単なる銀のメダルにストラが勝手に考えた「渦巻の上にツ」の紋様を刻んだだけのものなのだが、製作者であるタケマ=ミヅカの手により、特殊にして強力な魔力効果が刻んである。およそ生まれたころより魔力に馴染んでいるこの世界の住人であれば、魔術師や神官などの魔力を操る者でなくとも、その恐怖や畏怖は、充分に伝わる。また、これはまさに魔王クラスの魔力を有しないと作れぬ代物であった。
すなわち、この魔王紋は単なるメダルではなく、真の魔王の証なのだ。
エルフ達の眼には、フューヴァの持つ魔王紋が、本当に光り輝いて見えた。
「なっ……なんと! これは!! ホ……ホンモノか!? 本当に、新たなるヴィヒヴァルンの魔王なのだな!?」
エルフども、眩しげに手で顔をおおいながら、そう叫んだ。




