第7章「かいほう」 3-6 なんでもいい
いきなり馬車の中に甲高い警告音が鳴り響いたので、傾眠をむさぼっていたフューヴァはびっくりして飛び上がり、壁に後頭部をぶつけてしまった。
「…ッてえ! な、なんすか、こりゃあ!!」
涙目で、ルートヴァンを睨みつける。どうせ、魔法の「何か」だろうと思ったたのだ。
「聖下! どうやら、追手が参ります!」
「うん」
いつもの姿勢で微動だにしないストラが、いつも通りぶっきらぼうに答える。
「追手だあ!? ……え、なんの追手ですか?」
とたん、馬車がグラグラと揺れだした。
音に驚いて、馬が動揺しているのだ。
「なんでやんすか!! 止めてくだせえ!!」
小窓からプランタンタンの声が響いたが、警告音でよく聴こえなかった。
「ルーテルさん、うるさいです!!」
「あ、ああ、ちょっと待って、いま止めるから……」
ルーテルが右手を振ると、音がピタリと止まる。プランタンタンが懸命に2頭の巨大馬をなだめたので、ゆっくりと馬車が止まった。
「追手って、なんですか!?」
「バレゲル大神殿だろうね。ここを通っていることが、バレたんだろう」
「そんなもの、どうやって分かるんですか?」
「そりゃ、秘密の道なんだろうから……なんらかの魔法を仕掛けておいたんだろう。今の、警告の魔法みたいなやつを、さ」
「はあー……」
フューヴァが感心しつつ、
「で、どうするんです?」
「聖下、ここは私めにおまかせを」
「(なんでも)いいよ」
ルートヴァンが声に出さずにガッツポーズを決め、気合を入れた。
が、ストラの広域三次元探査は、大神殿からの追手とは別に、次元回廊の構築に伴う次元振動を感知していた。
すなわち、聖騎士部隊とは異なる、第三者が迫ってきていた。
それが敵か味方かは分からないが、次元回廊を構築できる相手であるということは、聖騎士の追手などより遥かに高度な魔術を駆使する相手であることを意味した。
これは、一瞬にして当該地点と目的地をつなぐ次元窓と異なり、もっと原始的な、いわゆる次元の穴だ。つまり、目的地へ到達するまでやや時間を要する。
チラッ、とルートヴァンを見たが、気づいていない。
(まあいいや……)
ストラの興味は、聖騎士達などより、そちらに向かっていた。
「ルーテルさん、追手と戦うんですか!?」
フューヴァが、樽の合間より寝こけているペートリューを引きずり出しながら、そう云った。
「いや、いざとなれば聖下もいらっしゃるし、戦ったところでどうということは無いと思うんだけど……ここは、常套に隠れてやり過ごそう」
「はあ……?」
馬車ごと、どこに「隠れる」んだとフューヴは思ったが、そこは高位の魔術師だ。魔法でなんとかするのだろうと思い立ち、半分ほど引きずり出したペートリューをまた樽の合間に押しこんだ。
すると、プランタンタンが再び手綱をふるって進み出した馬車の内部で、ルートヴァンが軽く片手で印を結び、心中で呪文を構築。魔力を動かした。
(魔力子が集結。馬車と毛長大馬、プランタンタンごと我々を包み……未知法則により、可視光線を反射……さらに、極浅深度で空間転移を確認……我々は、元の空間から見ると紙のように薄くなり、かつその紙が風景を反射して進んでいる……)
ストラが、当該現象を分析する。
そのまましばらく進み、やがて後ろから聖騎士に率いられた神官兵の軍団が馬車を追い抜いた。
「ひゃー~、ルーテルの旦那の魔法もすげえでやんす!」
御者台の上で、プランタンタンが不思議な感覚に襲われ、思わず叫ぶ。プランタンタンからの視界では、何事も無く馬と馬車が進んでいるが、いざ軍団が通り越すときは空間がグニャリと歪み、馬車の横をあわただしく通り抜けて行った。
プランタンタン、酔いそうになり、手で口を押さえた。
当然、その先の隠し街道の最中で鉢合わせした聖騎士達、戸惑いつつも、
「……貴族の庶子とかいう、魔術師の仕業だな……小癪な!!」
すぐさま、ルートヴァンの作戦を見抜いた。
聖騎士長にして司祭長2人が、ヴィヒヴァルン流の魔術に対抗する神聖魔術を唱える。
神聖魔力が2人に集まり、時空を超えてルートヴァンの術式に干渉を始めた。
「う……!」




