第7章「かいほう」 3-3 ヒント
ルートヴァンはストラへ一礼し、足を崩すと口を尖らせてフューヴァへ向き直った。
「あまりに偉大なる聖下の御前では、僕といえどフューちゃんやペーちゃんと大差無いという事さ」
「ヘッ、悪うござんした! ルーテルさんに比べたら、どうせアタシやペートリューなんざあ、そこらの砂粒みてえな無能で最下層のカスですからね」
ルートヴァンは息を飲み、
「ごっ、ごめん、そういうつもりじゃ……」
「いいんですよ、ホントの事ですから」
フューヴァは立ち上がり、荷台の前へ移動すると小窓を開け、
「おい、プランタンタン、もう少し行ったら隠し街道とやらの分かれ道があるそうだ、そっちへ入れってよ」
「合点でやんす」
プランタンタンは器用に巨大馬を操り、しばらく進むや、馬車を止めた。
再び小窓を開け、フューヴァ、
「どうした?」
「どこにあるんでやんす?」
視界に入る森の中の一本道の、どこにもこの馬車が入って行けそうな分かれ道は無い。
「旦那、タッソからダンテナへ向かったときみてえに、裏街道があるってお話でしたが……ちょいと、分からねえでやんす」
プランタンタンが御者台から振り返り、小窓からストラへ話しかけた。
「偽装用高濃度魔力子により、巧妙かつ厳重に秘匿されている。ルーテルさん、分かりますか?」
「え?」
「魔法で、裏街道の入り口が隠されています。分かりますか?」
「え……」
ルートヴァン、二度、愕然。まったく分からぬ。
「あ、いや……その……!」
「魔術学校とやらの成績最優秀者さんでも、わかんねえことがあるんですね」
ニヤニヤしながらフューヴァがそう云うや、ルートヴァンは大きく息を吸って、ドアを開け馬車の荷台から飛び降りた。
初秋の森の午後、夏を取り戻したようなけだるい残暑が草いきれとなって匂ってくる。
ルートヴァンは、汗がどっとふき出てきた。
もちろん、暑さではない。
(そ……そんな、バカな……!! 魔術式の痕跡など……微塵もないぞ……!!)
口元に手を当て、周囲の空間のあちこちを凝視した。
彼ほどのレベルになると、いちいち呪文など詠唱せぬ。心の中で「想う」だけで魔力が動き、自動的に術式を組んで効果を発揮する。いま、彼は学院で習い、かつ実地で会得したありとあらゆる対魔法喝破術を試していた。
が、どこにも、魔術で隠された街道の入り口など、無い。無いのだ。
マジで無い。
(こっ……こんな……こんなこと……が……!!!!)
ストラが、ウソをついているとも思えぬ。シラールに破門されてしかるべき事態だった。
「ヒント。魔力子の、固有振動パターンが異なります。探査の波長を、それに合わせなくてはなりません」
ストラが荷台の中でボソボソとそう云ったが、ルートヴァンには聴こえてない。
「ル、ルル、ルーテルさん、ルーテルさん……」
酒樽の合間より這い出たペートリューが、開け放たれたドア越しに小声でそう話しかけたが、それも聴こえていなかった。
それに気づいたフューヴァ、荷台の後ろから身を乗り出し、
「おい、ルーテルさん、ルーテルさん! ペートリューが、何か話があるみてえですよ! おちついて、酒でもひっかけたらどうです!?」
ルートヴァンはそれどころではなく、馬車の周りをせわしなくウロウロしながら、必死の形相で隠し街道を探していた。
「ルーテルさん!」
「ちょっと黙っててくれ!!」
ルーテルはつい声を荒げたが。
「バカヤロウ、ルーテル!! 無駄に焦ったってだめだ!!」
荷台を降りたフューヴァが怒鳴りつけ、ルートヴァンは眼を見開いて息も止まり、固まってしまった。
「あのさあ、ストラさんの問題を解こうと必死なのはわかるけどよ、一回アタマを切り替えて、少し落ち着きな」
「…………」
ルートヴァン、大きく息をつき、
「そ、そうだね……ペーちゃん、一杯、もらおうかな」




