第7章「かいほう」 3-2 真紅の巨大目玉紋様
云いつつ、ストラは寝る必要もなく、馬車に入るふりをして、スッと重力制御で浮遊し、上空の闇に消えた。
その日、薄曇りであったが元より深い森の中では、木々の枝葉に紛れて空は良く見えず、森の中は暗黒に包まれている。既に広域三次元探査で周囲数十キロは詳細に地形を含む人類生活情報を把握しているが、上空数百メートルまでへ来てみると、行く先の東の方角の闇の中に、煌々と光の灯った町と建物があった。
バレゲル大神殿と、我々で云うその寺社町だ。
ストラはさらに上空へ進み、雲を抜けて成層圏近くまで到達。いつも通り半径数百メートルほどの重力レンズを展開し、大量の宇宙線等を集めて地道にエネルギーを補充する。
満天の星の輝く天に、巨大な目玉模様が出現した。
結論から云うと、25メートルプールにスポイトで水を注いでいるようなもので、このレベルの補充を何兆回やろうと、満タンまでは程遠い。しかし、どうせ時間はたっぷりとあるし、目先の行動エネルギーを得る為にやらないよりマシ、という感じだった。
と……。
「強力な空間干渉を検知」
ストラが、即座に自動防御に入った。
上空の重力レンズが消え、攻防一体の次元壁楯が展開する。
そのストラの上下に、巨大な真紅の目玉模様……いや、赤い線画で描かれた目玉紋様が、倍音を多く含んだ野太く巨大な鐘の音と同時に出現した。巨大目玉紋様は、上下二段に並んだ不思議な配列だった。
「空間攻撃と認めます。ただし、空間破砕効果は無し。待機潜伏行動自衛戦闘レベル3の発動……許可。次元戦闘開始」
ストラが、戦闘用空間制御プログラムを起動させたとたん、その赤い上下の目玉が、かき消えた。
「……!!」
まるでタケマ=ミヅカが「消えた」ように、まさに「消失」した。
ストラは慎重に空間に残る波動や振動を観測したが、僅かに魔力子が検出されただけで、あれほどの空間振動があったにもかかわらず、驚くほど現場空間に残る振動残渣は少なかった。
いや、このレベルでは、大規模空間振動は「無かった」と云ってよかった。
では、幻覚だったのか?
いや、ストラに対し幻覚攻撃はあり得ない。科学的に、何の効果も無いからだ。
つまり、もし今の巨大な赤い上下の眼玉の紋様が魔術による幻覚だったとしても、本当に空間を超えて何かが出現して、それがなんの痕跡も残さず消失したのだとしても、
「理論上ありえない……完全に、未知法則による……」
ストラは厳しい表情で夜の空間をにらみつけていたが、やがてエネルギー回収を中止し、降下して馬車へ戻った。
「以後、今の現象の詳細が判明するまで、大気圏内重力レンズ展開式宇宙線回収法エネルギー補充行動は中止します」
翌日から数日の間は、何も起きずに粛々と馬車が進むだけだった。
だが、バレゲル大神殿まであと1日という地点で、
「ルーテルさん、けっきょく、大神殿へ寄りますか? 寄りませんか?」
御者台近くの荷台の壁際に背を預けたまま片足を曲げ、それを抱えて物思いにふけるような姿勢を崩さぬストラが、ふと、云い放った。
「あ、ハハッ!」
魔法により空間をゆがめ、見せかけの大きさの数十倍の量を収納できる魔法の鞄より出した何冊もの魔術書と首ったけで「新たな魔術」を思案していたルートヴァン、飛び上がって片膝をついた。
「畏れ乍ら申し上げます。やはり、素通りできるのならそうしましょう。なぜならば、王都派の聖騎士より密命を受けたという我らの設定上、そうすることが自然だからです」
「では、ここから先、回り道になりますがバレゲル大神殿を迂回する隠し街道があります。そこを行きましょう」
「えっ、隠し街道ですか!?」
当然、ネズミやカラス、ネコなどの伝達魔法の応用で偵察魔法端末を行き先に放っていたルートヴァン、まったく気づいておらず、驚愕とした。
「そ、それは、やはり、聖下の探知魔術で把握されたものですか!?」
「うん」
どっひぇええ~~、という声が聴こえてきそうな表情で、ルートヴァンが呆気にとられる。
フューヴァが声を出さずに肩を揺らして笑い、
「ストラさんにかかっちゃあ、戦いや魔法で、ルーテルさんの出番はたぶん無いですよ」




