第7章「かいほう」 2-15 聖魔王を倒したのちに
プランタンタン達はフィーデ山の山麓のトラールの大森林を思い出したが、あんな歩くのも困難な岩だらけの溶岩台地とは異なり、やはりどこまでも平坦な土地が続き、森の中の一本道も非常に快適だった。
森に入って、既に厳重に対魔法防御の施されている馬車へさらにルートヴァンが幾重にも防諜魔法防御をかけ、やっと一行……もとい、フューヴァとルートヴァンが口を開いた。
「ルーテルさん……さっきのアレなんですけど」
「うん」
「……ウルゲリアの聖女が魔王だってんなら……魔王が、城の地下に閉じこめられてるんですか? 魔王なのに?」
「うーん……」
ルートヴァンはそこで少しの間、手で顔をぬぐいながら考えをまとめ、
「ウルゲリアの聖女伝承では、約800年前にバレゲル森林エルフの少女が聖女として降誕し、様々な奇跡を起こしたことになっている。原野と荒れ地ばかりで何にもなかったこの国が、帝国でも有数の穀倉地帯となって、みんな豊かに暮らせるようになったのが最大の奇跡さ。その時には、既にバレゲルエルフの少女は魔王だったと考えられる。しかし、プランちゃんの言葉通り、エルフったって不死じゃない。800年も経てば死んでいてもおかしくないし、生きていたとしても相当の老婆のはずさ。もし、少女のままだったとしたら……魔王の強大な魔力で時を止める……あるいは、時の進行を遅らせる秘術をかけているか、代替わりしているかのどちらかだろうね」
「時間を止める!? 代替わり!?」
フューヴァが、ビックリして息を飲んだ。
「問題は、さ、フューちゃん」
ルートヴァンが目を細めて、フューヴァを見つめた。
「聖魔王の正体とか、どうして聖魔王が城に封印されているのか、とか、どうでもいいのさ。僕たちには、ね。問題は、聖下が聖魔王を倒したあとだよ」
フューヴァ、意味が分からない。怪訝かつ不満げな顔で、
「すみません、バカなアタシでも分かるように説明して下さいよ」
「ハッキリ云う人、好きだよ」
ルートヴァンがいつものクセで無意識に片眼をつむるが、フューヴァには意味が無い。さっさと云えや、という顔で、睨みつける。ルートヴァンは急に不敵な笑みを浮かべ、
「今までフューちゃんも観て聴いて体験してきたように、ウルゲリア人が心の底からよりどころにしている御聖女様を、聖下が倒してしまったら……どうなるか、だ」
「どうなるか……って……」
どうなるのか?
「御聖女様が死んじまう……ってことでしょ?」
「まあね」
「あんな様子じゃ、信じられなくて、泣きわめいて発狂しちまうんじゃないんですか? その……信仰のよりどころ? が、無くなっちまうんだから……」
「そうだね。しかし、まだ生きているというのを信じているのは、バレゲル派だけだそうだ。王都派の一般信徒にとっては、もう御聖女様は姿の無い神といっしょで、本当にいるかいないか関係ない」
「だから、どういうことです?」
フューヴァが、また少しイラついて眉根を寄せた。
「その信仰そのものを、どうするかということだよ」
フューヴァが両手を上げる。
「あーーーーめんどくせえ、お偉いさんは、どうしてそうなんですか。結論だけ云って下さいよ。理屈や理由なんて、アタシは知ったこっちゃねえ」
「分かった、分かったよ」
ルートヴァンが、さも楽しそうな笑みを浮かべる。常に本音を隠し、互いの裏をかき、読み合い、探り合う宮廷や魔術学院で話をする相手とは根本から異なる話し相手に、戸惑いつつも本当に楽しそうだった。
「つまりさ、聖下が聖魔王を倒したのち、御爺様と先生がそれをもってこの国の信仰を根絶やしにする。いや、するはずさ。御聖女は、800年の長きにわたりこの国の土地と民を蝕んできた魔王だからね。従わない者は、もちろん御聖女と同じところに行ってもらう。ヴィヒヴァルンにひそむ隠れウルゲンどもも徹底的に弾圧し、徹底的に排除する。御聖女に狂ったウルゲリア人は、我々には必要ない。必要なのは、この肥沃な大地だけさ。誰もいなくなったこの国へヴィヒヴァルンから移住者を募り、移住させる。そうだ、フランベルツから難民や流民を受け入れてもいい。魔法で、フィーデ山を超えて迎える。それに、あの平原国で貧乏している人々を迎えてもいい」




