第7章「かいほう」 2-14 御聖女様の御加護
フューヴァが苦笑して、田舎神殿という割にうまい白ワインを真鍮の杯で傾けた。
「旦那は、いっつもこうでやんす」
プランタンタンは我関せずという顔で、酒には手を出さず、野菜とハーブと山鳥肉のスープを口にしている。
そんなミヨンテが、ふと、端の席でニヤニヤしながら延々と手酌でワインを飲っているペートリューに目を向けた。神殿に入ってから一言も発していなかったので、まったく存在感が無かったが、
「……こ、この御方は、御聖女様の御加護がある!!」
そう叫ぶや、目をむいていきなり席を立ったので、村長も含めてみなびっくりして固まった。
片やペートリュー当人は何も気にせず、水を飲むように喉を鳴らして白ワインのがぶ飲みしている。それも、飲んだそばから注いで飲むので、既に3本の瓶が転がっていた。今飲んでいるのは、4本目だ。
「改めて見ると、凄いね、この人」
ルートヴァンも、あまりの飲みっぷりに楽しくなった。なにせ、ここに来るまでにも、馬車の中で日がな飲み続けていたのだ。
「御聖女様の血と泉を頂けば頂くほど、御聖女様の御加護を得られるとされている」
血は赤ワインで、泉は白ワインのことである。
「しかし、人は、あまりに一度に頂くことはできない。それを、これほどまでに……!! 間違いない! この御方こそ、御聖女様の御導きで、この地に来たに違いないよ!!」
「は? こいつが?」
こじつけにも程がある。フューヴァは、口元を歪めて何か云い返そうとしたが、隣に座っているプランタンタンが袖を引っ張った。
「な、なんだよ……」
「余計なことは、云わねえほうがいいでやんす。この国は、どこかおかしいでやんす」
プランタンタンにしては神妙な顔つきでそう云い放ち、フューヴァも小さく咳ばらいをしただけで口をつぐんだ。
(確かに、フランベルツやヴィヒヴァルンとは、根本から違うぜ……)
人々の精神の奥底に潜む奇妙な違和感にフューヴァも眉をひそめ、感動にうち震えて右手の指先を額と胸でクルクルするミヨンテや神官見習いの少女たち、そして村長を見つめる。
と、そんなフューヴァを今度はルートヴァンが肘で小突いた。ビックリして見やると、ルートヴァン、ストラ、それにプランタンタンまで、ガバガバとワインを笑顔で吞み続けるペートリューを見つめて右手をクルクルしているばかりか、
「御聖女様に栄光あれ、御聖女様に栄光あれ、御聖女様に栄光あれ……」
と、一斉にブツブツと繰り返している。
フューヴァは背筋が寒くなり、容赦なく顔をしかめたが、またルートヴァンに小突かれて、慌てて同じようにした。
(いやはや……トンでもねえところに来たもんだぜ……! こりゃ、とっとと聖女だか魔王だかをぶっ殺して、逃げ出したほうがいい……)
フューヴァは神妙な顔つきとなり、黙りこんでただ右手をクルクル動かし続けた。
「いやあぁ~~美味しいワインを、たくさんいただいちゃいましてええ~~!」
常人なら急性アルコール中毒で死にかねない量を一気飲みし、ほろ酔い加減で上機嫌のペートリューに、ミヨンテはすっかり心酔してしまい、
「これまで、これほどの御聖女様の御加護を得た御人は見たことも聞いたことまりませんよ。どうですか、王都になど行かずに、ここに留まっていただけませんか……いつまでも、いくらでも、御好きなだけ御飲みいただけますよ」
ペートリューなら承諾しかねない条件にフューヴァがおいおい、と思って遮ろうとしたが、
「いいえ、私はストラさんにどこまでもついて行くんです~~そう決めたんです~~御聖女様の栄光は~~ストラさんにこそ降り注いでおられますう~~」
酔っ払いながらも、ペートリューがハッキリと云いきった。
「…………」
フューヴァが驚きと感心を持ってペートリューを見つめ、それからプランタンタンを見た。プランタンタンが、口元を押さえてゲッシッシッシシ……と肩を揺らして笑っている。
「そ、そうですか……それは残念でございます」
ミヨンテが意外な顔つきとなり、千鳥足で馬車に乗りこむペートリューを見送った。既に、荷台の大きな二つの酒樽には、それぞれ白と赤のワインが並々と補充されてる。
「それでは、みなさま、道中、くれぐれも御気をつけて……御聖女様の御加護が、さらにさらにありますように」
「ありがとうございます。御聖女に栄光あれ」
窓からルートヴァンがそう返答し、プランタンタンが手綱をふるって、大きな二頭立ての馬車が村を出立した。
村から先は、景色が一変した。
地平線の奥まで田園地帯や平原だったのが、深い広葉樹と杉の大木の入り混じったの森林となった。
バレゲルの大森林だ。




