第7章「かいほう」 2-13 御聖女はエルフ
「あ、いや、ま……」
そこでミヨンテ神官がチラッと村長を見やり、村長がうなずいた。
「ルテローク様よりどれだけ御導きを受けたか知らないが……このバレゲルの大森林は、御聖女降誕の地さ。だから、バレゲル大神殿がある。それとは別に、森の北部には大昔からエルフが住んでてね……バレゲル森林エルフだよ。もちろん、バレゲルのエルフたちも御聖女を信仰なさっている。なんてったって、御聖女はバレゲルエルフだからね」
「え、そうなんですか?」
思わずルートヴァンがそう云ってしまい、しまったと目元をひきつらせたが、遅かった。
だが、
「アンタら、外国の仮信徒が知らないのも無理はない。これは、バレゲル派と、王都派でも極一部の上層部にしか伝わっていないんだ」
「あ、はあ……」
胸をなでおろす。
「だけど、エルフ達の信仰はあたしらとは根本的に違っててね……御聖女がまだ生きているとされてて、その『解放』を願っているんだ」
「どういうことですか?」
「よくわからんよ。いくらエルフだからって、御聖女が生きていたとしたら、とっくに900を超えている。御降誕のさいに、110歳ちょっとだったらしいからね。1000歳以上だっていう話もある。な、アンタならわかるだろ? エルフと云えども、900歳だの、1000歳だのなんていうエルフなんか……」
「確かに、どんな長老でも、800歳を超えたなんてのは、聴いたことがねえでやんす。もしいたとしたら、そら奇跡か伝説でやんすね」
プランタンタンが、そう答えた。
「御聖女だから、奇跡が起きてもおかしくは無いとしても、さ。ちょっと、ね……。しかも、王都の大神殿の地下奥深くに、閉じこめられているというんだ……」
「御聖女がですか?」
ルートヴァンも、眼を丸くした。
「なんだか、ずいぶんと生々しい話ですね」
「そうだろ? そんなもの、もうまともな信仰じゃないよ、生き神様と、その捕らわれた生き神様の救出だなんて」
「…………」
ミヨンテの沈む顔を、ルートヴァンが神妙な面持ちで見つめた。
「だから、エルフ達の信仰は異端として、王都とバレゲルの両大神殿から迫害と攻撃を受けているんだ。でも、森の北部の奥深くはとても人間が歩けるような土地じゃなくて……そのうえ、エルフ達の使う怪物がウヨウヨいてね。何回も討伐隊を送っているけど、異端を滅ぼすに到ってないんだよ」
「なるほど」
「で、私が云いたいのは……さ。アンタ達、寄進の分は、教えてあげるよ。あたしは、そういうのは派閥なんかに関係なく、キッチリしてるんだ。いいかい。アンタ達、ルテロークから何を云われたか知らないが……王都派の密命を帯びた間者みたいに思われているよ。こんな田舎神殿まで、代官から伝達が来ているんだ。このまま森を通っても、できれば大神殿には寄らずに素通りしたほうがいい。難しいとは、思うけども……」
「つまり、バレゲル派や、そのエルフの異端に襲われると?」
「そういうことさ。異端に襲われるかもしれないし、うっかり寄ったは最後、バレゲル大神殿で一生監禁されるかもしれないよ。いや……監禁されるだけならまだいいさ」
「……処刑されると?」
「まあ、ね……」
「…………」
当たり前だが、ストラもルートヴァンもいる。プランタンタンとフューヴァは、そう云われても何の心配も不安も無かったし、いまいちその「派閥」やら「異端」やらがピンと来なかった。
ミヨンテはそこで表情を崩し、
「ま、おせっかいだったね。さ、ささ、食べて飲んでおくれでないか」」
神官見習いの少女たちも給仕に立ち振る舞い、村長を含めて、ささやかな午餐の宴が始まった。
「ありがと」
皿やら杯やらを出されるたびにルートヴァンが無意識に片眼をつむって見せるので、少女たちは耳まで真っ赤になって、給仕の合間に席に座っても伏し目がちにルートヴァンを凝視するだけでほとんど何も口にしなかった。
「やれやれ、御先導さん、この方は、いつもこうなのかい? 罪作りな男だね」
ミヨンテが呆れてストラにそう云うが、ストラは、
「うん」
ぶっきらぼうでそう云うだけで、人類偽装行動により黙々と食べて飲んでいるだけだったので、ミヨンテはそれにも片眉を上げて、フューヴァとプランタンタンに、
「この御方も、いつもこうなの?」
「え、ええ、まあ……」




