第7章「かいほう」 2-10 勇者ルテローク
「そういうもんですか」
「そうそう」
「で、ルーテルさん、さっきは、何を探っていたんですか?」
「そうだね……聖騎士ルテロークのことを、さ」
「ルテローク?」
フューヴァが、チラッとストラを見やった。ストラは御者台近くの「指定席」で、右足だけ曲げてそれを抱え、うずくまる様に座ったまま虚空を見つめ、微動だにしない。しかし、そういう時は必ず何かを「探知」しているので、フューヴァはルーテルに顔を戻し、
「誰でしたっけ?」
「おいおい、僕たちは聖騎士ルテローク様とヤーゼン様に『御導き』をうけて仮信徒になったという設定なんだから、頼むよ」
「ああ……」
フューヴァにしてみれば、
「本当にいるヤツの名前だったんだ……」
というほどである。
「で、誰なんです?」
ルーテルが笑いながら。
「僕こそ知らないよ。王都の手前で、フィーデンエルフの生き残りがウルゲリアの聖騎士たちを利用して、君たちに次元攻撃を仕掛けたじゃないか。その時の聖騎士隊長が、勇者ルテロークさ」
云われて、フューヴァもなんとなく思い出す。
「ああー、そうか、あの時の……あの中にいたんですか……。でも、連中、すぐに死んじまって、よく覚えてませんよ」
「だから、我々も、そんな重要人物だと認識していなくてさ。単に聖騎士勇者一行の隊長だから、という意味で名前を利用したのだけれど、昨日の代官がさ、割と重要人物っぽい物云いをしていたから、気になってね」
「へえ」
フューヴァは、
「ストラさん、そうなんですか?」
と、聴こうと思ったが、どうせストラは「うん」と「いいよ」と「よくわかんない」しか云わないだろうと思い、聴くのを止めた。
「で、そのルテローク? とやらは、ナニモンだったんです?」
「うん、思ってたより大物……というか、有名人だったよ。少なくとも、宿場町の庶民が知るほどには」
「へえ……その割には、呆気なくストラさんにやられちまいましたけどね」
「それは、流石に聖下にかかっては、聖騎士の勇者ごとき相手にもならなかったということさ」
「なるほど」
「それでね、ウルゲリアには王都とバレゲル大森林の2か所に大神殿があって、大神官が2人いるんだ。大昔は大神官の2人体制で国を治めていたそうなんだけど、いつしか、どっちかが全国神官長会議で王に選出され、今の体制になっている。そんなわけで、ウルゲリアの御聖女信仰……すなわち、国内の神官組織は、王都派とバレゲル派の真っ二つに分かれているんだ」
「へえ、神さんを拝むのも、面倒っすね」
「そうさ。派閥があって……王国の貴族諸侯をまとめるのと同じだよ。で、聖騎士ルテロークは、王都派……つまり、王都ガードラ大神殿に属する、国内では有名な聖勇者だったみたいだよ」
「へえ……」
フューヴァは、もう興味が無くなってきた。
「これからバレゲル大森林に向かうんだから、王都派の勇者ルテロークから密命を受けて王都に向かっているという聖下の話は……一波乱あるかもね」
「……あ……」
「たぶん、あの代官はバレゲル派だよ。笑顔で、王都派に密命を届ける我々をバレゲル大神殿に通報したというわけさ」
フューヴァは、これは尋ねざるを得なかった。
「ス、ストラさん、どうして、その……王都派の聖騎士から密命を受けたなんて云ったんです?」
「なんとなく」
「え……」
ルーテルが手を叩いて喜び、胸に手を当て、
「さすがです、聖下! 事態がどう推移しようと、聖下にとっては何ほどのものでもござりませぬ! 問題は、我々がそれに対応できるかどうかだよ、フューちゃん」
フューヴァが、遠慮なく顔をしかめた。なんだかんだと云ってもプランタンタンとペートリューは何も考えていない(プランタンタンは金、ペートリューは酒があればいい)から、ただストラについて行くだけだが、フューヴァにはストラを一国の王にする……いや、ストラを使って世界を征服する野望がある。




