第7章「かいほう」 2-9 あわただしく出発
「この先、街道は森林地帯を抜けます。バレゲルの森です。この国でも有数の大森林です。御承知の通り、御聖女様降臨の地であり、バレゲル大神殿がございます。しかし……聖騎士様より御指導があったとは思いますが……大森林の北部は、異端である森林派の本拠地でもあります。聖勇者様のことは、既に王都及びバレゲルの大神殿には報告済みです。御恥ずかしながら、我らの中に異端の手先が紛れこんでいる模様で……情報は、既に異端どもにも伝わっていることでしょう。どうか、充分に、御気をつけて御進みくだされ……」
「はあ」
フューヴァが拍子抜けし、生返事をした。
「その、し、森林派……? が、襲ってくるかもってことですか?」
「左様でございます。本来なら、安全のため少なくともバレゲル大神殿より迎えの兵が来るまで御滞在を……と思っていたのですが」
「いやいやいや!」
フューヴァが、顔をしかめて手を振った。
「大丈夫ですよ、ストラさんにかかっちゃあ、そんな、敵の兵士? ですか? 100やそこらじゃ、相手にもなりませんから!」
「え……そうなんですか……!?」
代官が改めて、再び窓の向こうを見つめているストラに視線を向けた。
自然と、その腰にある不思議な剣に眼が行く。
「わ、分かりました。聖騎士ルテローク様が御認めになった聖勇者ストラ様を、信じましょう」
代官がいったん戻って通行許可を用意し、その間、慌ただしく出発の準備をした。
「おいペートリュー起きろ! 出発だぞ!」
貧血のため部屋で寝ていたペートリューは、いつの間にかワインを運ばせ、朝からボトルを赤白4本ずつ8本も開けて酔いつぶれていた。
「ふざけんなよ、起きろってんだ!!!! マジで置いてくぞ!」
と、ペートリューがいきなり飛び起きて、こんなところに置いてかれてはたまったもんじゃないと云わんばかりに手早く荷物をまとめ始めた。
苦笑しつつ、フューヴァは隣のルートヴァンの部屋へ向かった。
「ルーテルさん、ルーテルさん! 時間です、行きますよ!」
ドアノッカーを大きめに叩いたが、返事は無かった。
「開けますよ?」
鍵もかかっておらず、ドアを開ける。
誰もおらず、荷物も無かった。
「?」
裏へ回って馬を用意しているプランタンタンに、
「おい、ルーテルさんは、マジでどこだ?」
「さあ、知らねえでやんす」
「マジかよ、神隠しか?」
「そんなバカな……ストラの旦那に聴いてみたらいかがでやんしょ?」
「そうだな!」
こんな時こそ例のタンチ魔法だとフューヴァが手を打った時、
「おいおい、僕を探すくらいでスーちゃんの手を煩わせないでよ」
白木の杖を突いて、裏通りからルートヴァンが現れた。荷物も持っている。
「どこ行ってたんですか!? 勝手にいなくならないでくださいよ!」
フューヴァが、眉をひそめて抗議した。
「せめて、ストラさんには行き先を……!」
「ごめんごめん、そう怖い顔しないでさ」
ルートヴァンがまた無意識に必殺のウインクを飛ばすが、フューヴァは意にも介さぬ。歓楽街ギュムンデで御忍びのエライ人を腐るほど見てきたフューヴァにとって、ルートヴァンはむしろ完全に割り切って相手をできる対象だ。
「僕は僕なりに、情報収集を、さ。一から十まで聖下におんぶにだっこでは、御爺様や先生にどやされるからね」
フューヴァに顔を近づけ、ヴィヒヴァルン語でそう耳打ちする。ヴィヒヴァルンの女どもが総じて嫉妬で発狂するようなシチュエーションだが、やはりフューヴァは、
「ふうん……」
うさん臭げな顔で、そう鼻を慣らすだけだった。
「じゃ、まあ、馬車の中でストラさんに説明と報告をしてくださいよ」
「もちろんだよ」
一行は再びでかい馬車に乗りこみ、物資もたっぷり補給されて、宿場を後にした。代官以下、関所と神殿の関係者が総出で見送り、また宿場の人々も額と胸に何度も手で丸を描き描き、見送ったのだった。
「食いきれねえぜ、こんなによ」
フューヴァが、そんなにいらないというのに押しつけられた食料の箱の合間で、身を縮めた。
「まあそう云うなよ、寄進なんだから、断る理由が無いよ。この先、食い物に困っている人がいたら、分け与えよう。聖下の評判が上がる」




