第1章「めざめ」 5-4 領主の使者
で、どうするか、というところだが、プランタンタンとペートリューには、何もすることがないし、そもそもなす術がない。
「旦那、どうしやす?」
「二人を救出するのは、容易です。しかし、それでは、意味がないように思えます」
「で、やんしょうね」
「ど、どうにかして、領主様に、信じてもらわないとだめ……ってことですね」
「ペートリューさん、なにかいい考えでもあるんで?」
「いえ、ありません」
「で、やんしょうね……」
プランタンタンが、また窓辺でぼんやりと外を見つめた。夜の漆黒に、ささやかな家々や城の明かりが瞬いている。
「面倒くせえから、このまま、逃げちまいやす?」
プランタンタンが振り返って唐突にそう云ったので、ペートリューもしゃっくりをして驚き、ワインの最後の一杯を飲み干した。
「どうです? 旦那」
「私はかまいませんが、金銭を得なくてよいのですか?」
「え、かまわないんですか?」
ペートリューが、ボサボサの前髪の下で目を丸くした。
「そこが、ストラの旦那のただもんじゃねえところで……。確かに、せっかくここまでやって、御金様を得ねえで逃げるのも心残りがありやあすが、下手にクビを突っこんでもっと面倒ごとになったら、一日55トンプじゃあ、とても元がとれねえでやんす」
それは、どこで損切りをするかということだ。
「は、はあ……」
「ペートリューさんは、何か不都合でもありやすか?」
「いえ、別に」
「じゃあ、きまりでやんす。明日の朝までお二人が帰ってこなかったら、朝一番で逃げやしょう」
「いまから準備を? フランベルツまでけっこうありますよ?」
「なんとかなりまさあ。二人が残してる旅費をいただきやしょう」
ひでえ、と思ったが、ペートリューもそこまでベンダとアルランに義理は無い。
「残念ながら、面倒は向こうから迫ってきているようです」
「へえ?」
「城の兵士二十三名が、この宿屋を取り囲みつつあります。脱出しますか? 抵抗しますか?」
「そ……」
そんなもの、二人に分かろうはずもない。
「こ……殺しはマズイでやんす、城下町で兵を殺すのはダメでやんす」
「では、おとなしく連行されましょう」
「ヘグぉッ!」
ペートリューが、窒息するような音を喉から発した。
やがて宿の周囲に兵士たちの持つ松明の光が集まり、今にも兵士たちが踏みこんでくるような気配だったが、現れたのは、使者が一人だけだった。宿の者に案内され、部屋の入り口で胸に手を当てて敬礼する。
「恐れ入ります、我が主、バーデルホーン・アラン・リーストーン2世閣下の使いで参りました。訴え人、タッソ・ゲーデル山羊製品卸商組の護衛をされている方々で、よろしいか?」
質素な燭台のぼんやりとした間接照明の中、プランタンタンとペートリューがストラを見やったが、ストラが無言だったので、揉み手をしながらプランタンタンが前に出る。
「ええ……ぶしつけながら……」
「従者は控えておれ」
「すいやせん」
プランタンタンが素早く下がり、改めて兵士がストラを見つめる。ストラは瞑想者のような視線で凝と使者の兵士を見つめ続け、兵士が緊張し始めた。ペートリューが場の雰囲気に耐えられず、小刻みに震えだして酒を探そうとしたが、その手を取ってプランタンタン、
「だいじょうぶでやんすよ、旦那は、何も考えてねえだけでやんす」
そう耳打ちした。
そして実際、その通りだった。
「…………」
「……う……」
「…………」
「あ……あの、それがしに、なにか、落ち度でも……」
「…………」
たまらず、プランタンタンがまた前に出ようとした矢先、
「そうです」




