第7章「かいほう」 2-8 ちょとした恐怖体験
それを、司祭に教えられるでもなく極々自然にストラが行ったものだから、人々はもうストラを聖勇者と信じて疑わなかった。
(すげえ……改めて、ストラさんのタンチの魔法とやらは完璧だぜ……)
フューヴァは、当然ストラがこういう儀式の仕方なども司祭の頭脳や精神を探知して会得していると思っていたし、ある意味、それは正解であった。
チラッ、とルートヴァンを見ると、衝撃のあまり白目をむいて立ちすくんでいたので可笑しかった。
ホテルに戻っても、深夜にもかかわらず人々が野次馬で集まって、役人達が追っ払うという一幕があった。
「お会いしたければ、普段から神殿にちゃんと通えばよいのだ!」
「聖勇者様と分かった途端に、これだ!」
「世俗信徒どもが……!」
と、役人達が不平を漏らしていたのを、つぶさに観察していたルートヴァンが認めた。
(ふうん……ウルゲリア人の中にも、信仰の度合いはさまざまあるというわけか……)
すなわち、皆が皆、狂信者というわけではないのだ。
ルートヴァン、ストラが動いている以上、高確率で聖魔王は倒せると信じていたし、聖魔王さえ倒してしまえば、ヴァルベゲルとシラールがウルガリアを確実に攻め落とせるとも確信していた。
問題は、攻め滅ぼした後の統治だ。
根強い信仰をどう扱うか、難しい問題となるだろう。
(徹底的に弾圧するか、ある程度は認めるのか……認める場合、どこまで認めるのか……御爺様と先生のことだから、策はあると思うが……さて)
ホテルは関所の役人たちに警護され、一晩中松明を掲げた兵士が正面と裏口に立っていた。
その明かりを一人、部屋の窓から眺め下ろして、ルートヴァンが夜遅くまで楽し気にニヤニヤしていたが、やおらギラリと殺意を顔に浮かべ、
(フン……ま、答えは1つしかないけどね……)
祖父や師が当然のように選ぶであろう最終的解決法に、思いを馳せた。
「聖勇者御一行様」は翌朝の儀式にも出席させられ、儀式の最中、最前列に立たされた。噂を聞きつけた、ふだんあまり熱心に神殿に通わぬ世俗信徒も神殿にドッと押し寄せ、賽銭を投げまくって司祭兼代官を喜ばせた。
その際、半分寝ていたペートリューが貧血を起こしてぶっ倒れるというアクシデントがあったが、どういうわけか聖勇者の奇跡に触れて気絶したことにされ、みな倒れているペートリューに触れようと押し寄せ、儀式そっちのけで神殿がパニックとなったのは、フューヴァとプランタンタンにしてみれば御愛敬を超えてちょとした恐怖体験だった。
その日の、昼すぎほど。
「もう、出立されるのですか?」
代官がストラに「謁見」し、ホテルの部屋でうやうやしく尋ねた。
「御倒れになった御連れ様の具合もありますし……もう1日、2日、御滞在してはいかがでしょうか」
「おい、冗談じゃね……オホンオホン! いや、けっこうです、我々は、ストラさんの使命を一刻も早く果たさなくてはなりませんので、いつまでもいるわけにはいきません」
ストラの代理人の仕事を思い出したように、フューヴァが代官に掛け合う。
というより、気味が悪くて、こんな街にはもう1分も居たくないのが本音だ。
「しかし……」
「いや、御陰さまで、ペートリューもすぐ治りましたよ。聖なる酒を飲んで……なあ、ルーテルさん」
と、思ったら、いつの間にやら部屋にルートヴァンがいない。
「あれっ……珍しいな」
フューヴァが、部屋を見渡した。
「ルーテルさんは、どこ行きやがった?」
「さあ……さっきまでいたでやんす」
プランタンタンがいつもの猫背に△の口をし、前歯を見せて鼻をピスピス鳴らしながら云った。
「まあいいや、そういうことですので、もう出発します」
代官が窓際で腕を組み、外を見やっているストラに目をやると、チラッとストラが代官を見て、無言でうなずいた。
「左様ですか」
代官は、深く礼をした。
「では、御名残り惜しいですが……皆様の通行許可を出させていただきます。ですが、ひとつだけ、御注意願いたいことが……」
「注意?」




