第7章「かいほう」 2-7 こんなこと
ルートヴァンが顔を歪めかけ、半分笑顔の微妙な顔となる。儀式など、何も知らぬ。
「し、しかし、我々は……!」
「分かっております。皆様方は仮信徒、列席していただくだけでけっこうでございます」
ホッと息をつき、
「で、では、スーちゃん……」
「うん」
そうして、一同が出迎える中、プランタンタンが馬車を神殿の裏手に止め、馬の世話を預けた。一行は神殿に入り、街の人々や旅人(旅人もみなウルゲリア人の信徒である)が集まる中、最前列で席に座り、祈祷儀に列席した。
「いってえ、なにをどうすりゃあいいんでやんす?」
「シッ! プランちゃん、余計なことを云うんじゃあない」
ルートヴァンが、プランタンタンの細い肩を小突いた。
祈祷の儀式と云っても、日々の生活の中で行われるものであり、それほど大規模なものではない。司祭を筆頭に神官たちが祈りの言葉を延々と述べ、香を焚き、楽器が演奏され、みなで最後に歌を歌って終了した。時間的に、晩の祈祷すなわち「晩祷」という。
その後、深夜にも祈祷が行われ、1日を終える。神殿に来られない者は、家や野外で、簡易な祈りを捧げる。正味、30分ほどの儀式だった。
「こんなことを、毎日毎日、4回もやってるんでやんすか?」
「プランちゃん!」
ルートヴァンが、笑顔でプランタンタンの頬をつねりあげた。
「イテテ……痛えでやんす!」
涙目でプランタンタンが抗ったが、
「次に余計なことを云ったら、魔法で口をふさぐからね!」
「ハ、ハイでやんす……」
ルートヴァンの笑顔で怒る迫力に、プランタンタンもつい承諾する。
儀式の最後に、司祭が蝋燭とランタン、淡い照明魔法の明かりの中、一同の方を向いて、
「御集りの皆様方!! 今宵の儀式に御列席くださいました、艱難辛苦に負けず信仰を貫きし、ヴィヒヴァルンの英雄達を御紹介いたします!」
おおっ、と信徒たちより声が上がり、ストラを筆頭に5人が前に並んだ。
「日々、ヴィヒヴァルンで迫害を受けながら御聖女に祈りを捧げておりましたが、この度、ヴィヒヴァルン当局に捕縛され……国外追放の憂き目に遭いました。そうして、このウルゲリアの大地に、帰ってきたのでございます! 特に! こちらの御先導は、かの勇者にして司祭、聖騎士ルテローク様より御教えを受け、そうして……聖騎士様より、何やら御使命を……受けておられるとか?」
司祭が、ストラに尋ねた。
ストラは右手で額と胸に小さく円を描き、
「御聖女は天より下り立ち、森を抜けて我らの前に現れ、大いなる使命を受けて地獄の穴を御塞ぎなさった」
また経典の一部を正規王都語で云ったものだから、司祭を含めて集まっていた百数十人が息を飲み、いっせいに、
「御聖女様に栄光あれ!」
と繰り返しながら右手をグルグルさせ始めたので、プランタンタン、ペートリュー、フューヴァの3人は背筋が寒くなった。
「私の使命は、ここでは申せません。大神官王様に謁見し、申し上げることになりましょう」
半眼無表情で淡々とそう云うストラに、司祭はいかにも神々しい者を仰ぐように腰を低くして右手を額に当て、
「かしこまりましてございます! せめて、御先導様の聖名を御教え給いたく! 伏して、御願いもうしあげます!」
「ストラです」
「聖騎士様より大いなる使命を託されし、聖勇者ストラ様!」
司祭がそう云った瞬間、思わずルートヴァンが、
「クソが! 魔王様だぞ!」
とつぶやいたので、プランタンタンがお返しとばかりにその足を蹴った。
「イタッ……!」
「余計なことを云うなでやんす」
「ご、ごめん……」
ルートヴァンが、顔をしかめ、口を閉じる。
さらに、司祭の言上は続く。
「では皆様方、信仰の英雄にして聖勇者ストラ様より、祝福を受けられますよう!!」
(祝福!?)
一体何をするのか!? と、ルートヴァン達が、息を飲んでストラを見やっていると、司祭に導かれた信徒たちが席を立って並び、順にストラの前に来るとその額と胸にストラが右手で小さく円を描いた。すると信徒たちが満足そうに、あるいは感動で泣きながら礼をし、順に粛々と神殿から退出してゆく。




