第7章「かいほう」 2-5 天の赤い眼
動揺を微塵も見せなかったが、流石にルートヴァンが心中、舌を打った。
(し……しまった!! 最初から隠れウルゲンに教えられる、合言葉か……!?)
ここで万が一にも、プランタンタンあたりが、
「何の話でやんす?」
などと云おうものなら、一巻の終わりである。
「聖女の奇跡は!」
「天の赤い眼」
思わず、ルートヴァンが振り向いて後ろに座っているストラを見た。フューヴァ達は、
「?」
といった顔で、同じくストラを見やった。
「ほう……」
代官が、目を丸くする。
「聖女はその赤い御眼をもって額と胸に奇跡の円を描き、天を覆ってこの地を祝福された」
ストラがすらすらとウルゲリア王都語で経典の一節を口に出し、代官が満足げに右手で額と胸の前で円を描いた。
「失礼いたしました。そこまで、聖騎士様に御教えを受けていたとは……御見それいたしました。御聖女様に栄光あれ」
「栄光あれ」
ストラも半眼の無表情で右手の先で円を描き、ルートヴァンが気絶せんばかりに安堵する。
「なるほど、私はてっきり、貴方様が皆様の先導役と思っておりましたが、後ろの魔法剣士様だったのですね……」
なんのことやら分からないが、ルートヴァン、
「え、ええぇ……まあその」
なんとか冷や汗を隠して、愛想笑いを浮かべる。
「どうぞ、御通りに! ようこそウルゲリアへ! どうか、王都まで御無事で!」
「あ、ありがとうございます、せ、聖女様に栄光あれ……」
「栄光あれ!」
2つ目の関所を突破し、街道を進む。関所が見えなくなってから、荷台の前方、御者台の近くに座って足を曲げ、虚空を見つめるストラにルートヴァンが深く片膝をついて額づいた。
「聖下! まさに感謝感激、感嘆、感動、感服の極み!! このルートヴァン、不遜にも聖下を御先導奉っておきながら、なんたる、なんたる失態!! 一生の不覚に御座ります!! 何卒、何卒御許しを!!!!」
「うん」
ぶっきらぼうに、微動だにせずストラが答えた。
「有難き幸せ!! これまで以上に、全身全霊全魔力を持って、御仕えもうしあげまする!!」
「いいよ」
「ハハアアアーーッ!!」
それはそうと、
「ルーテルさん、さっきの、何だったんです?」
フューヴァは、未だに訳が分からなかった。
「きっと、合言葉かなんかだったのでは……」
水筒を傾けながら、おずおずとペートリューが云った。驚いてフューヴァ、
「合言葉だあ!? まさか、隠れウルゲンとやらのか!?」
「ええ……」
フューヴァ達がルートヴァンを見やるのと、ルートヴァンが面を上げてフューヴァ達を見やるのと、同時だった。
「ぺーちゃん、流石だねえ。まさか、そんなものがあろうとは……さすがの僕も、思いもよらなかったよ……」
ルートヴァンは改めてストラへ礼をしつつ、
「聖下のお陰で、命拾いした。そこまでヴィヒヴァルンの隠れウルゲンどもが、地下で繋がっていたとは……! 早速、御爺様に報告するよ」
呪文はおろか、動作さえ無く、ルートヴァンが伝達のカラス……ではなく、鷹のような中型の猛禽類を出した。馬車の窓を開け、外に逃がす。一直線に、飛んで行った。
「カラスじゃないんですか?」
ペートリューの問いにルートヴァン、
「カラスより速いし、防諜の魔術に襲われてもいいようにね」
「へええ……そんな魔法があるんですか……凄いです……!!」
ペートリューにとっては、ルートヴァンは魔術師として雲の上の上のさらにそのまた上の、それこそ神のような存在だ。伝達魔法を防ぐ魔法も、カラス以外の伝達魔法も知らなかった。
そのルートヴァンは、手を胸に当ててストラに三度、礼をし、
「しかし聖下、いつどのようにしてあの合言葉を御存知に?」
ストラは無言だったが、ペートリュー、
「ストラさん独自の、探知の魔法というのがあって、これまでも、なんども助けられました。きっと、あの代官たちの心の中を即座に探知したのでは?」




