第7章「かいほう」 2-4 聖女の奇跡は
「朝昼晩と、深夜だね。1日、4回だよ」
「1日4回!? 毎日ですか?」
「毎日だね。飲むのもあるけど、聖女に酒を捧げて、その後、地面へまいたり、川に流したりするそうだよ」
「暇なんすね」
それが、フューヴァの正直な感想だった。特にギュムンデでは、神は金だった。フランベルツの土着宗教もあるにはあったが、祈りの儀式など年に何回かあるかないかだったし、それすらしない市民が大半だった。
「ちゃんとした神殿では、1日7回から多いところでは11回の儀式をするそうだよ」
「ええぇ……」
フューヴァは感心や呆れるを通り越して、引いた。
「も……もしかして、アタシたちもするんですか?」
「うーん、まあ、仮信徒だから、そこまでしなくていいというか、正式な儀式には参加できないんだ。だから、結論から云うとしなくていい。信道を受けて、正式な信徒になったら、最低4回はしないと聖女に救われない。時と場合にもよるみたいだけど」
「すみません、その『しんどう』って、なんです?」
「正式に、聖女信仰に入信する儀式の名前さ」
「それを、受けるんですか?」
「受けるころには、聖下が聖魔王を倒し、御爺さまがこの国を滅ぼしてるさ……」
ルートヴァンがそう云いながら、無意識かつ必殺のウインクをフューヴァへ飛ばしたが、フューヴァは我関せずで、何か考えて荷馬車の天井を見ていた。
大きな荷馬車はそんな感じで、拍子抜けするほど平和裏に街道を進み、野営しながら3日もすると、広大な麦畑が見えてきた。春播き小麦が刈り取りの最盛期で、人々が懸命に働いているのを遠目に見やりながら馬車を止めて休憩しつつ糧食をかじっていたプランタンタン、
「こおー~んなだだっぴろい畑は、見たことねえでやんす」
「まったくだ、畑だけで、フランベルツより広いんじゃねえ?」
ルートヴァンも馬車の横で伸びや杖を使った体操をして、
「ここがもし焼野原にでもなったら、帝国の人口の1/4は、冬を越えられずに飢え死にするだろうね」
「ふうん……」
フューヴァが目を細める。どうしてもギュムンデやフィーデ山が脳裏に浮かび、嫌な予感がした。思わずストラを探したが、ストラは道端で腕を組んだまま、どこか遠くを凝視していた。
「ストラさん、この国の魔王を倒したら、フィーデ山が噴火したように、この国も爆発するんですか?」
何を思ったのか、飲んだくれて寝るばかりだったペートリューが珍しく馬車から下りて日向ぼっこをしており、ふと、そうストラに尋ねた。
フューヴァが耳を向けて息を飲んだが、
「よくわかんない」
変わらぬストラの返事に、フウと息をつく。
馬車は出発し、その2日後の午後に次の関所に到達した。
「伝達のカラスで話は聞いている、どうぞこちらに。大変でしたな」
代官は大柄で髭の濃い壮年の男で、立派な法衣を着ていたので、司祭長を兼ねているのが分かった。ヴィヒヴァルンでは魔術師が要職を占めるが、ウルゲリアでは神官がそれを占めている。
5人は応接室に通され、しばしウルゲリアのハーブ茶を飲んで休憩を許された。また、ペートリューは半分近く減った樽にワインの補給をし、自身はここでも好きなだけワインを飲んで精神が落ち着いている。
申し添え状を確認し、署名をした代官がそれをルートヴァンに返して、
「ヴィヒヴァルン王都での、隠れウルゲンの様子はどうですか」
ここの代官は地方司祭長を兼ねているとのことで、当然の質問だった。ルートヴァンが訳知り顔で、
「ヴィヒヴァルン王家の追及が激しく、あまり組織立てないでおります。バラバラに、祈りを捧げているのが現状です……。従いまして、少なくとも私は、他の隠れウルゲンを知りませんでした。この者達とも、追放されるときに初めて出会ったのです」
「ほう……私の知っている情報とは、少し異なるようだ」
「それは、分かりません。私の知らないところで、隠れウルゲンの集まりがあったのかもしれません。なにせ、私どもは、半年ほど前に仮信徒になったばかりですから」
「なるほど……」
そこで代官が、アゴ髭をわざとゆっくり撫でながら、
「聖女の奇跡は……」
と、云った。
「…………」
当然、意味が分からず、真ん中に座るルートヴァンを筆頭に、プランタンタン達が黙りこむ。
そこで代官が、次はもっとはっきりとした口調で、
「聖女の奇跡は」
と云い、殺意に満ちた目を細めた。




