第7章「かいほう」 2-3 ちょろい
代官や役人がマジマジとプランタンタンを見つめるのを、ルートヴァン、
「にも……とは? ウルゲリアにも、いるということで?」
「え、ええ、まあ……」
代官が咳払いし、言葉を濁したので、ルートヴァンはそれ以上追及しなかった。
「それで、まあ、訳あって、ゲーデルからヴァルンテーゼンに住みついていたのを、聖騎士様の御導きに」
「左様で……分かりました。皆様方の通行を許可いたします」
「有難き幸せ。偉大なる御聖女様に栄光を」
「栄光を」
右手をクルクルさせ、ルートヴァンが続ける。
「で、ひとつ、御願いが」
「なんでしょう」
「詳細は申し上げられませんが、私は、ルテローク様より密命を受け、王都ガードラへ向かわねばなりません」
「えっ……密命!?」
「はい」
「なんと……!」
「できますことなら、王都までの通行許可を……」
ルートヴァンの事前調査では、ここから王都まで、最低でも3つの関所があるはずだった。
「お許しください、そこまでの権限は、私には無いのです。そのかわり、申し添え状を発行いたしましょう」
「そうですか、助かります」
代官がフルトス紙に何やらペンを走らせ、最後に署名を入れた。それを厚紙で厳重に包み、最後に紐で結んでルートヴァンに渡す。
「これを各関所で見せてください。各関の代官が、確認し署名します」
「有難き幸せ」
ルートヴァンがいちいち右手の先で額と胸前をクルクルするので、フューヴァとプランタンタン、ストラもそれに合わせる。
(面倒くせえな……)
と、フューヴァは思いつつ、信者のふりをしているのだから忘れるわけにはゆかぬ。
「それと、我々はまだ仮信徒の身ですので、信仰に至らない部分も多々あると思います。どうかお許しを。王都で、正式に『信道』を受けることになりましょう」
「それは良い心がけ。どうぞ、旅に御聖女様の御加護を」
「聖女様に栄光あれ」
「栄光あれ」
こんな調子で、関所は容易に突破できた。馬達もたっぷりと飼い葉と水を与えられ、ブラッシングを受けることができた。
ペートリューに至っては、ウルゲリア名物の上質なワインを赤と白、ボトルで2本ずつ計4本をヤクルトでも飲むように一気に飲み干し、2つの大きな樽にも赤と白をそれぞれ満タンにしてもらえ、泣きながら手を胸と額の前で高速回転させて聖女に感謝した。
それを見て、関所の役人たちが善行を積んだと涙ぐんで喜んだほどである。
「ちょろかったっすね」
荷馬車の中で、フューヴァが鼻で笑った。敷物の上で楽にし、足を延ばして壁に背をついている。ルートヴァンも同じような姿勢で寛ぎながら、
「まあまあフューちゃん、油断は禁物だからね。調子に乗っていると、どこでボロが出るか分からないよ」
「確かに……」
フューヴァは関所を通るだけで、この国の内情というか、文化を痛感した。思考から行動から価値観から、全てが「信仰」を中心に成り立っている。おそらく、その信仰から外れる選択肢は無く、万が一外れたら待っているのは経済的にも社会的にも信仰的にも現実的にも「死」あるのみなのだろう。
「こんな国も、あるんですね」
「異常だと思うかい?」
「異常ですね」
「でも、ウルゲリアにしてみたら、異常なのは僕らのほうさ」
「はあ……」
フューヴァはピンと来ず、苦笑するルートヴァンの横顔を見つめた。
その時、上機嫌にワイン樽の合間で寝こけているペートリューが、笑顔で何やら呻いた。
「しっかし、よく関所にこんだけ酒がありましたね……」
フューヴァ、荷馬車の出口付近に並べられている二つの大樽を見やって、呆れるように云った後、半笑いで、
「ほんとに、みんな普段からこれだけ飲むんですか? 関所なのに」
「うん、飲むのもあるけど、祈りの儀式で使うんだよ」
「祈りの儀式!」
思いもよらぬ返答に、フューヴァは目を丸くした。




