第7章「かいほう」 1-8 聖女と聖魔王
「最初からしばらくは、良かったんだよ。500年くらい前まではね。神殿組織が、相互互助として機能し、国を豊かにしていた。だけど、それからさらに時が経ち……この200年間で一気に神殿組織が強権的になってね……代々の大神官が国王を兼ねているんだけど、大神官を頂点に神殿上層部に強大な権力が集中している。そして、国民からありとあらゆるものを聖女の名のもとに徴発している。寄進や、寄付という形でね。聖女の名の入った置物や像を、高額で売る場合もある。またね、喜んで買うんだ、信者国民はね。でも、流石に、中にはおかしいということで、聖女信仰や神殿上層部に疑問を持つ人もいる。そういう人は、一足先に、地獄に落ちるのさ。神罰としてね」
「マジかよ……!」
「マジだよ」
「そんな国に、あっしらは行くんでやんすか!?」
プランタンタンも目を真ん丸に見開き、とんでもねえ、という顔を隠さない。
「行くんだよ」
プランタンタンが首をすくめ、ググググ、という妙な音を喉から発した。
「大丈夫なんすか……?」
「ま、僕らには聖下がおられる。ぱっぱと聖女を……聖魔王を倒してしまおうじゃないか」
そこで、プランタンタンがまたピンと来て、
「えっ、その聖女ってのは、次にぶっ倒す魔王のことなんでやんすか?」
「ああ。我々の情報では、聖魔王ゴルダーイこそが、約800年前にウルゲリアを救った伝説の聖女だ」
「そいつを、倒すんですか!?」
「そうだね」
「大丈夫なんすか……?」
フューヴァが同じセリフをもう一度、云う。しかし、言葉尻には、より深刻さがつきまとっていた。
「大丈夫、とは?」
「ウルゲリアは、どうなっちまうんです? そんな……だって、神さんを倒しちまうんでしょう?」
「うん。まあ……滅亡するだろうね。神殿国家としては、ね」
「というと?」
「その後は、政治の話さ。お爺様とシラール先生が、うまくやる」
「はあ……」
フューヴァとプランタンタンが、見合う。
「あっしらシモジモには、よく分からねえでやんす……なんにせよ、ストラの旦那は、その生き神様を倒さなきゃあなんねえんでやんしょ?」
「そうだね」
「じゃあ、そうしやしょう」
「プランちゃん、切符がいいね!」
ルートヴァンが片眼をつむり、プランタンタンを指さした。
「それに、それだけお宝を溜めこんでいるのなら、少しは分け前がもらえるんでやんしょう? ゲヒッシッシッシシシシ~~~!!」
もう、プランタンタンが肩をゆすって笑いだす。それを見たフューヴァが、ため息交じりに、
「おめえも好きだなあ!」
そうしてルートヴァンへ向き直り、
「ま、いいぜ。こちとら、ストラさんが天下を取りゃあ、なんでもいいんだ。生き神さんだろうが聖女だろうが、魔王だってんなら倒すだけですよ!」
「さっすがフューちゃん、そうこなくっちゃ!」
ルートヴァンがパンと手を叩き、
「では、聖下、そういうことで……」
「いいよ」
「ハイ、きまり」
「でも、ルーテルの旦那、逃げてきたってえんなら、あのデカイ馬車と馬は、怪しまれるんじゃあ?」
「ちゃんと、考えてあるさ。心配御無用、御無用」
ルートヴァンが、爽やかな笑顔をプランタンタンに向ける。街中では、それだけで年頃の娘たちが気絶するような笑顔だったが、プランタンタンには人間の価値基準がまったく分からないし、フューヴァはそんな笑顔がどれほど恐ろしいか身に染みて知っている。
「どんな策で、あの馬車を持ちこむんです? 売っ払ったほうが、よくないですか?」
いかにもうさん臭いものを観る目つきで、フューヴァが訪ねた。
「聖下の倒した聖騎士がいたろう? 僕は見てないけど、君たちは見てたはずだ」
「ああ……ええ、まあ」
「他国でウルゲンの聖女信仰の信徒になるには、司祭二人の認証が必要なんだ。聖騎士は司祭格だから、聖騎士ルテロークと、聖騎士ヤーゼンに仮入信儀を受けたことにする。これは、あくまで仮なんだよ。聖騎士は司祭格というだけで、司祭ではないからね。あ、待って。聖騎士長で勇者のルテロークは、どうだったかな? そいつだけ、司祭だったかも。……ま、どうでもいいや。仮信徒はウルゲリア本国で、真の司祭に儀式を受け、正式な信徒になる必要がある」




