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第7章「かいほう」 1-3 静寂のホルン

 煌々たる明かりの下、見る間に症状が落ち着いて汗もひき、熱も下がって、苦しげな呼吸からスヤスヤという寝息に変わったものだから、母親が大号泣。引きつけをおこさんばかりに感涙滂沱の中、子を抱きかかえながら地面に額を擦りつけ、言葉もなくストラへ平伏した。


 「魔王様、ウチの母親が!」


 荷車で連れてこられたもう意識も無い老女は推定年齢70代後半だったが、実は54歳。原始社会で働きつくし、老化が早いが、この世界の農民階級では当たり前の年の取り方だ。探査すると、腹部に悪性腫瘍。これまで放置してきたためか、かなり大きく、全身のあちこちに転移して、余命3週間といったところだった。ストラは老女にもそれっぽく手をかざし、何兆という単位の疑似ナノマシンを皮膚注入。たちまち患部に集中し、悪性部だけを救急原子分解で完全除去。全身の転移部も悪性細胞1つ残さず全て除去して、周辺の空気や地面の物質から応急的に各種の抗生物質やグリコーゲン等の栄養を合成し、投与した。


 「しばらく安静にして、栄養を。フューヴァ」

 「はい」

 いまさっき寄進されたばかりの銀貨を、2枚、分け与えた。

 「ああああありがとうごぜえます、ありがとうごぜえますうううう!!!!」


 「安心はできません。かなり弱ってますし、除去した箇所の組織回復がおいつかず、もしかしたら助からないかも。いまのうちに、悔いの無いよう、親孝行を」


 「はいい!! はいいいいいい!!!!」


 壮年の男性は顔をクシャクシャにして泣きながらストラを伏し拝み、なけなしの農作物を納めた。が、ストラはそれを固辞し、母親へ食べさせるよう諭した。男性やその連れ、子の母親が何度も何度も振り返ってはストラを拝みながら暗がりの中を去ってゆくのを、集まっていた人々が感涙に咽びながら見送った。


 その2人に比べると大したことのない症状の者達はみな遠慮したが、骨折の者と肺炎寸前まで悪化した悪性感冒の者だけを治療し、あとはもう皆で一斉にストラを拝みながら、ストラの指示で代官から薬草などをもらって深夜前には解散した。


 「……御見事でございました……聖下……魂の底より感服し、感銘仕りましてございまする……この関所での奇跡は、末代まで語り継がれることでしょう……!!」


 泣きはらした目で代官がそう云い、

 「聖下、もう遅うございますので、どうか……」


 「いえ、明日には噂を聞きつけて、もっと人が押し寄せるでしょう。きりがありません。私たちは、このまま出発します」


 「えっ! なんと……!」


 フューヴァとプランタンタンもそのつもりで、既に荷馬車で待機していた。プランタンタン、頑丈な革袋に詰めた寄進を忘れぬ。これは、すぐにストラの空間格納庫に仕舞われる。


 「では聖下、どうぞ御気をつけて! 古き全魔王討伐と、聖下による新の真なる世界の構築たる大願成就、御祈り申しあげまする!!」


 夜の闇に、再び関所の全員が居並んで平伏した。

 「ありがと。じゃ」

 ストラが馬車に乗り、照明球の先導の中、プランタンタン、出発する。

 「異次元魔王様、御しゅっったああああーーーーーつ!!!!」


 代官が渾身の大音声で云い放ち、要人が関所を通る際に吹奏されるホルンが高らかに鳴らされて、夜の静寂しじまに轟き渡った。



 朝方には、国境を抜け、隣国へ入った。

 アルメドス平原国である。

 平原国というだけあって、ひたすら平原が続いてる緩衝地帯だ。


 この平原を全て耕地とすれば、かなり豊かな国になると思われるが、ヴィヒヴァルンとウルゲリアの抗争のタネになりかねないので、その両大国がわざと放置するよう領主であるドラーテ子爵家に代々圧力をかけ続けている。大国の合間の小国という悲哀を代表するような話だった。


 ドラーテは帝国子爵であり、フランベルツのシュベールと同じく地方領主(国衆)の一人だ。国衆はたいていの場合、例えばこの位置であればヴィヒヴァルンかウルゲリアのどちらかに属するのが当たり前だったが、緩衝地帯という理由で独立を許されていた。ただし、先の理由で開発は禁じられ、支配地域の六分の一ほどのささやかな耕作地を細々と維持しているような国だった。


 そんなわけで、街道もまさに荒野の一本道であり、1日かそこら歩けばすぐ宿場町のあるヴィヒヴァルンとは雲泥の差だった。延々と誰も通らない道を馬車が行き、獣も魔物も盗賊も、何も現れない。


 「……ルーテルの旦那は、どこで合流するんでやんすか?」

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