第7章「かいほう」 1-2 深夜の三文芝居
フューヴァが恐れていた通り、いつの間にやら近隣住民(主に農民)が代官所につめかけ、押すな押すなで参拝しようと列を成した。気絶から覚めてストラをもてなしていた代官が役人に命じて懸命に整理したが、暗くなってきても人の列は途絶えなかった。
「魔王様を拝めば寿命が延びる」
「魔王様に供物を捧げれば豊作になる」
「魔王様に触ってもらえれば病気が治る」
等と云う根も葉もない噂が広まっており、中には高熱にうなされる子供を連れてきた女性もいて、泣きながら、
「魔王様、どうか、どうかウチの子を御救い下さい!! 魔王様!! 何卒、後生でございます!! 魔王様!!」
関所の前で泣きわめき始めた。
「おいあんた、順番守れよ!」
「こっちだって、ばあさんが調子悪いんだぞ!」
列から、そんな声も飛ぶ。前庭から門前を覗いていたフューヴァが渋い顔で何度も舌を打ち、
「三文芝居かよ」
「いかがなさいましょう」
「えぇ……?」
ペートリューは馬車の中でまだ酔いつぶれてひっくり返っているし、金以外に何の興味のないプランタンタンは寄進の金貨銀貨を数えながら我関せずゲヒッシッシッシシッシッシィ~~~~! と下卑た笑いを発するだけだし、ストラは奥の特別席で座ったまま微動だにしないしで、必然、フューヴァが判断しなくてはならない。
(メンドくせえなあ……)
そう思って顔をしかめたが、
(タケマズカさんだったら、どうするだろうかな……)
フューヴァはぼんやりとそんなことを考え、ストラが天下を取ったら自分を喧伝大臣にすると云って笑っていたタケマ=ミヅカの顔を思い出した。
(そうだ……喧伝、喧伝だぜ!)
そう思い、壇の上で拝まれているストラに近寄ると、耳打ちした。
「いいよ」
そう云って、ストラが立ちあがる。
同時に、いつものプラズマ照明球が3つ浮かび上がり、関所内や前庭を昼のように照らしつけた。
「なんたる明るさ!」
代官を含む魔術師達も、自分たちの照明魔法と異なる異質の明度と、ストラがまるで魔力を使用しないことに驚き、
「ま、まさに神のごとし御業だ!」
などと叫んだものだから、並んでいる人々がその照明球を拝みだした。
(アホだぜ、こいつら……)
フューヴァがそう思いつつ、ストラの前を歩き、
「おい、いいかてめえら! 今夜だけだ! 今夜だけ、魔王様が病気のやつを診てくださる! だが過大な期待はするなよ! いくら魔王様でも、治せねえもんは治せねえし、死んだ奴は生き返らねえんだぞ!」
と、叫んだが、それでも我先に病気の者が列から外れてストラに取りすがった。
そもそも、魔術魔法の世界なのだから、いわゆるヒーリング魔法もとうぜん存在する。特に、これから向かうウルゲリアなどは、神聖魔術の総本山だ。
そして魔術王国を自負するヴィヒヴァルンとて、魔術師達は医者も兼ねている。
だが、根本的な問題として、治すほうに高度な医療知識が無いわけだから、我々で云う漢方に感覚が近い。あるいは、西洋医学にあっても、未知の病気にどの薬が有効なのか治験ができておらず、やたらと薬を出してそのどれかが効くまでひたすら試すのにも近い。外科治療にあっても、簡単なケガならまだしも、大怪我の場合など表面だけ塞いで、内部出血が放置されて死ぬなどザラだ。魔法を使えば全自動で完治してくれるなどという、ゲームやアニメのようにはゆかぬ。
つまり、悪く云えばあてずっぽうというか、ガバガバというか……。
うまく症例に合わせた(つもりの)魔力が患部にうまく当たれば治る、といった代物なので、治ったり、治らなかったりが激しい。まさに、勘と経験が頼りの、職人の世界であった。
そこで、ストラだ。
全身三次元探査で、ゲノムレベルで異常を発見でき、物理的には疑似ナノマシンで治療できる。幸いこの世界の人間類は、魔力を扱う部分以外は、元々の世界の人間と大差ない。
それっぽく患者に手をかざし、1人目の高熱にうなされて痙攣していた推定年齢8歳の男子は、マラリアに近い未知の原虫性高熱症だったが、進入した擬似ナノマシンがほんの数秒で血液内に潜む無数の原虫を完全駆除。余剰体熱を吸収し、擬似鎮静剤を合成して皮膚から投与した。




