第6章「(ま)おうさま」 5-9 恐悦にして歓喜の極み
ストラが音も気配もなく前に出て、プランタンタン達3人はあまりの緊張に固まって動く部屋から出たまま立ち尽くした。
そして、ストラが中央最前のヴァルベゲルと対峙する。
「ストラです」
無表情の半眼で、まるで悟りを開いた仏のような顔をし、ストラが背の高いヴァルベゲルに向かって云い放った。
とたん、ヴァルベゲルを筆頭に、王国の中枢が片膝をついてストラに平伏した。同時に、近衛兵、楽隊、その他使用人等、その場にいた全員がストラに向かって片膝をつく。
「ヒッ……」
あまりの光景に、思わずペートリューが引きつった声を発し、静寂の中に響いてしまった。
すぐさまフューヴァとプランタンタンが、同時にペートリューの口を手でふさいだ。
「フィーデ山の火の魔王レミンハウエルを倒せし異次元魔王ストラ聖下におかれましては、このヴィヒヴァルンの新たなる守護神になられますよう、この王を始めとして、ヴィヒヴァルンの民草全てが切に願い奉るものに御座りまする。さすれば、世界にはびこる全ての魔王を駆逐し、新たなる世界を創世せんとする聖下の覇業の全てを、このヴィヒヴァルンが全身全霊全魔力をもって御助け申し上げ奉ります」
「いいよ」
「恐悦にして歓喜の極み!!」
まるで芝居か儀式のように全てが進行し、ヴァルベゲルは片膝のまま地面に額がつくほど頭を垂れた。後ろからストラを見つめていた3人が、細かく震えだす。
「面をあげよ」
いきなりストラの声の音調が変わり、威厳と尊厳、それに神威と恐怖を備えたものになったので、後ろで震えていた3人も驚愕し、震えも汗も止まって眼をむいた。
戦闘プログラムではなく、待機潜伏モードでもかなり特殊な場所にあった原住知的生物支配用プログラムを見つけ、起動したのだ。
「ハァハアアアアーーーッッ!!」
いったん深く礼をし、ヴァルベゲルが顔を上げた。
ストラ、無表情の半眼は変わらなかったが、その冷たい鋼色の眼は、さらに無機的で殺意に満ちた光を放っていた。その象嵌めいた眼を見つめ、ヴァルベゲルはむしろ喜悦に震えた。
そのヴァルベゲルの眉間に、ストラが右手の人差し指をつけた。
「……!」
とたん、ヴァルベゲルは全身に電気が走り、昂奮して呼吸が荒くなる。
「まかせる。はげめ」
ストラが、指を離す。
ナノマシンによる脳支配を試みたが、その必要は無かった。既に、ヴァルベゲルはストラに国から自らの命から、自身と自身に関わる者たちの命運の全てを賭けているのが分かった。
「ハッ……っかか、感謝の極みィいいい!!!!」
柄にもなく言葉に詰まり、ヴァルベゲルは声を荒げて再び地面に額をこすりつけた。
(すげえ……すげえすげえすげえ!! ストラさんはやっぱりスゲエエエエ!!!!!!)
フューヴァが感涙にむせび、ペートリューの口を押えていたのも忘れ、嗚咽を漏らし始めた。
気がつくと、プランタンタンも同様に泣き咽んでいる。
ペートリューだけ、酒を探して、高速で手を動かして周囲を見渡し、挙動不審に陥っていた。
「でっ……でもよう、いよいよ、アタシたちは、御祓箱かもな」
フューヴァが自嘲的に泣き笑いで苦笑し、そうつぶやいた。
「こ、ここまで来ただけで、あっしは、悔いはごぜえやせん……! 一生モノの冒険を……超絶大冒険させていただきやあした……!!」
「ちげえねえ……!」
走馬灯のように、2人の脳裏にこれまでの超絶的な大冒険が浮かんだ。プランタンタンは、リーストーンの洞窟での出会いから、ペートリューとの出会い、タッソの滅亡。そしてフューヴァと出会い、ギュムンデでのフィッシャーデアーデ、ギュムンデ滅亡、スラブライエンからマンシューアルへ。ガニュメデ攻防戦。フィーデンエルフの洞窟と、フィーデ山の大噴火。
そして、ヴィヒヴァルンの街道筋での勇者たちとの出会い。
ストラに捨てられ、ここがその終着地点だとしても、思い残しは無かった。
それほど、この数か月は、濃密な時間だった。
が、ストラは3人を振り返って、手招きした。
「……?」
「来て」
い、いいのかな? という思いで、おっかなびっくり、3人で前に出る。まだ平伏する国王以下王国の要人たちを前に、ストラ、
「皆の者、面をあげよ」
無言で、全員が顔を上げた。




