第6章「(ま)おうさま」 5-6 ヴィヒヴァルン魔術王国の秘密
その可視化された波動が、弧を描いてルテロークに集中する。
振動が干渉しあい、凄まじい光の波と音を発した。
その音は、不快であると同時に、どこか心地よかった。
「俗に『天使の歌声』と呼ばれる、次元干渉特有の現象だ」
三人を護るタケマ=ミヅカが、ぼそりとつぶやいた。
「天使だって……?」
フューヴァが、眉をひそめた。
後はもう、プラコーフィレスとストラの、次元干渉戦である。
互いに動きは無く、ただひたすら魔力と魔力……ストラの場合は、物理的なエネルギー放出だが……の、ぶつかりありとなる。
光と音が次元穴を超えて、ヘーデラ宿にまで溢れだした。その幻光は昼間にも関わらず王都でも見え、妙音も王都まで届いた。
「……あの時空の穴を、容易く塞ぐことができるとは、まさに魔王! 力は、申し分なしと云えましょう!」
城の大テラスに並んでその光を見、音を聴いていたシラールとヴァルベゲル、そろって眼を細めた
「フ……しかし、フィーデンエルフめが、あの程度のシンバルベリルをもって合魔魂を行おうとは……」
「身の程を知らぬ……と云いたいですが、おそらく、分かって行ったのでしょう!」
「と、云うと……?」
「一か八か……もう、それしか手は残っていないことを、悟ったのでしょう……! ストラを次元の底に封じこめられれば、己がどうなろうとよし!」
「潔いな」
そこで、ヴァルベゲルが踵を返した。
「どちらに?」
「フィデリオスに会ってくる」
(王太子殿下に……)
王の背中を見つめて、シラールは表情を引き締めた。
ヴァルベゲルが向かったのは、厳重に封印され、王やシラールを含めた極々一部の超高位魔術師のみが通れる魔術門を使って訪れた、城の最深部だった。単に地下深くというだけでなく、数百重の魔術結界に護られている。
そこは神坐であり、魔力炉の中心であり、王国……ひいてはヴィヒヴァルン王家の魔力の根源だった。
そこに鎮座しているのは、まさに合魔魂により血色のシンバルベリルと一体になった青年だった。まるで巨大なルビーでできた彫像のようであり、結晶に閉じこめられたホログラムのようにも見える。
ヴァルベゲルが、結晶に近づいた。
「父上」
声を発したのは、なんと、血色の結晶だった。
「フィデリオス……感じるか、あの力を」
「もちろんでございます」
「どうだ」
「…………」
結晶体……フィデリオス王太子は、やや沈黙していたが、
「フィーデンエルフは、もう限界。新たなる魔王は……魔力を一切使っておりません。まったく未知の力の持ち主」
ヴァルベゲルが、うなずいた。
「我が王国を、委ねようと思う」
「よろしいでしょう」
「そう、云ってくれるか……」
「はい。そして、この呪われた王国の連鎖を……私の代で、断ち切ってください」
「うむ……」
ヴァルベゲルが、滂沱しはじめる。
「ルートヴァンの子を……私の孫を、私と同じ姿にさせないでください。父上……それが、私の望みにして、頼みです」
「分かった……!」
魔術王国と謳われる、ヴィヒヴァルン最大の秘密。
王家及び王国高位魔術師は、シンバルベリルを所持せずとも、それに匹敵する膨大な魔力を行使できる。さらに、王国全体に高濃度の魔力が充満している。
その秘密が、この「王家の秘宝」たる合魔魂だ。
次元を超え、この合魔魂から、それぞれの高位魔術行使者や王国各地に魔力が供給されているのである。
ヴィヒヴァルン王国は、建国のころより王位は代々隔世で祖父から孫に引き継がれ、王太子が代々隔世でその魔王にも匹敵する超魔力を合魔魂により引き継いでいる。
なぜ、合魔魂なのかというと、血色・臙脂色のシンバルベリルは、人間の肉体では到底使用に耐えられないからだ。




