第6章「(ま)おうさま」 5-1 最後の宿
「はい。おそらく、新魔王の次なる相手は、ウルゲンの生き神。陛下にも、ウルゲリア侵攻の御準備を」
「フン……ウルゲリアか。望むところ。あの神狂いどもを一掃できるのであれば、それに越したことはない」
「殿下には、その聖魔王討伐の旅に御同行願います」
「よかろう」
「そして、代々ヴィヒヴァルン王家を蝕むくびきを……この機に、引きちぎるのです!」
ヴァルベゲルが、目を細めて盟友を見つめた。
「まさか……! できるのか? 本当に……」
「やるのです! 新魔王を使って!」
「…………」
ヴァルベゲルはやや沈黙していたが、
「そうか……そうだな。そうだ、やるのだ!」
だんだん昂揚してきた。耳や頬に、血色がよみがえる。
「腹が減ってきたわ! ハハハ、おい、誰か、誰かある!」
すぐさま、召使が飛んでくる。
5
ペートリューを救出した一行は、その近隣農村で新たに荷馬を二頭、設え、一頭に荷物を、一頭にまた(村の小さな居酒屋で調達した)酒樽を括りつけ、王都ヴァルンテーゼンに向けて出発した。
これまで、あまり絡むことはなかったが、ヴィヒヴァルンは魔術王国というだけあり、上は宰相大臣、中央の上級役人から、下は市長や村長、郡代、宿場の代官等に至るまで、行政官のほとんどが大なり小なりの魔術師である。ヴァルンテーゼ魔術院出身の者もいれば、出身者の地方学校の弟子も多い。もっとも王立魔術院は超絶エリート校なので、直接の出身者があまり地方に行くことはない。
が、中には変人もいて、「こんなところに!?」という場所に魔術院の成績優秀者がいる場合もある。まさに、隠者のように暮らしている。
村から街道に戻り、荷馬を引きながら二つほど宿場を抜けた。
もう、王都は目の前だ。
「明日には、王都の手前のヘーデラ宿だ。そこが最後の宿場よ。素通りして王都へ直行する者も多く、あまり大きな宿ではない」
歩きながら、タケマ=ミヅカがそう説明した。
確かに、まだ充分に明るいものの、夕刻にいざヘーデラ宿に到着してみると、王都直前であるため広く大きな通りを埋め尽くすように大量の通行人がいるのだが、宿場自体はむしろこじんまりとして、ホテルも五件ほどの、宿場というより街道の途中の休憩所のような場所だった。
「あっしらも、まっすぐ王都に入っちめえやしょうか?」
プランタンタンが、黙々と行き来する人の波を見やりながらタケマ=ミヅカへ聞いた。
「そうさ喃……」
小柄なタケマ=ミヅカがプランタンタンと肩を並べ、通りを見やって考えていると、
「も、もしや、ま、魔王様の御一行様でいらっしゃいまするか……!?」
人をかき分けて現れた数人の身なりの良い魔術師達が、声をかけてきた。中央にいる小太りに茶色の髪も薄くなっているの中年男性、流れ落ちる汗を拭き拭き、
「あ、怪しい者ではありま、ありませぬ……。手前、このヘーデルとこの前のクレードの二つの宿を預かる代官、アチェレンと申すもの……! こ、これらは、代官所の配下です」
いっせいに、五人の魔術師が深々と礼をした。
「ペ、ペンケル支署長より、リピーの代官を通じて連絡が来ておりました……! ど、どうぞ、まずは代官所で御休息を……魔王様に素通りされたとあっては、末代までの恥にて……どうか、どうか……御願いで御座います……!!」
プランタンタンやフューヴァが驚いて目を丸くする隣で、タケマ=ミヅカがニヤニヤしながら満足そうにうなずく。
「では、そうさせてもらおうか喃。魔王様、参りましょう。……フューヴァ」
「え……あ、ああ、はい。オホン、ンン! では、言葉に甘える。案内しろ!」
「ハハーッ!」
街道の傍らで高位魔術師がいきなりそろって片膝をついたので、何人かの通行人が驚いて立ち止まった。
宿自体が小さいためか、代官所と云っても二階建ての質素なもので、役所の出張所のような外観をしている。
「おい、魔王様をこんなところで休憩させようってのかよ!」
思わず、フューヴァも声に出した。
じっさいは道端だろうがどこだろうが構わないのだが、そろそろ「建前」というのも意識しないといけない。
「恐れ入ります……! さ、さ、どうぞ、どうぞ中に……!」




