第6章「(ま)おうさま」 4-33 忘れてた
「まあ、そうでやんすねえ」
小芝居の中心はフューヴァだったので、プランタンタンはイマイチそれに関しては実感が無かった。それに、
「ところで、ペートリューさんは、どうなってるんでやんす?」
フューヴァが息を飲む。
「……完全に忘れてたぜ! アイツ、いまどこでどうしてるんだ!?!?」
「こっち」
ストラが云い放ち、街道を外れて荒野に踏み出した。
そのまま下草をかき分けて半日も進み、やがて田園地帯に出る。村落を遠方に見やる農村の隅っこの様な寂れた場所に、一軒家というか、離れというか……かつては農家の住んでいたような古びた建物があった。
深夜にジョングの訪れた、デイザー達の「盗賊本部」だった場所だ。
「ここ」
ストラが云うが早いか、フューヴァがドアを蹴り破って飛びこんだ。
「おいペートリュー!! 生きてる……と思うけど、生きてるか!?」
ペートリューは、デイザー達が調達して鱈腹飲んでいた大甕ワイン二つを一人で飲み干し、甕を抱えて爆睡していた。
フューヴァがホッとしつつ、一転して、
「起きやがれ! コイツ、このバカ女!! 預かってた馬はどうしたんだよ!!」
当たり前だが、ペートリューは寝言のようなフニャフニャした声を発するだけで、まったく起きなかった。
その日の夕刻である。
夕食が細く、皆が心配するのを面倒そうに遮って、ヴィヒヴァルン国王ヴァルベゲルが広いテラスで席に座り涼んでいた。
「陛下! 御寛ぎのところ、失礼いたします!」
甲高い声で現れたのは、国王の盟友にして右腕、そして魔術宰相とも云えるヴァルンテーゼ魔術学院院長のシラールだ。国王より年上だが、むしろ王より元気である。
促され、丸テーブルの席に着いた小柄なシラール、
「今日は、体調でも? 御夕食を、半分以上も残されたとか」
「フ……年寄りが食える量ではない。少なくしろと、あれほど云っているのに……」
ヴァルベゲルが苦笑しつつ、
「それに、すぐさまお前さんに告げ口をするとは……いったい、どうなっておるものか」
「みな、不安なのですよ……!」
「そうは云っても、人はみな年を取る。ルートヴァンに、とっとと王位を譲ったほうが良い」
「それには、まだ少し、御早いかと」
シラールが満面の笑みのまま、眼だけを鋭く光らせる。
その視線を同じように鈍い光を放つ眼で受け、国王、
「そうかな?」
「レミンハウエルが在命の内では、そろそろかと。しかし!」
「ストラか」
「左様! 新魔王……街道筋の活躍では、かなり使えるかと」
「そのようだな」
「殿下には、新魔王の元で御活躍を」
「魔王の配下につけるか」
「左様!」
「そういえば、フィーデンエルフどもはどうした? いつ、新魔王に復讐を?」
「そろそろかと」
「何やら、目論んでおるようだが……」
シラールが、そこで視線を外し、テラスよりヴァルンテーゼン市街を見やった。王宮のすぐ隣に、帝国でも三本の指に入る魔法学院であるヴァルンテーゼ魔術院が見える。
「フィーデンエルフどもの浅知恵など、新魔王にとって、物の数にも入りますまい」
「随分、ストラを買っているな」
「いかにも!」
シラールはまた国王に向き直る。その顔には、笑顔はもう無い。
「陛下……あの魔王は、良くも悪くも、この世界を根本から変えまする。かつて、大魔神がそうだったように」
「…………」
「やはり……前魔王の申した通り、この世ならざる他の世界から流れてきたのでしょう。『この世界』には、そういった漂流者を呼びこむ力があると、かつて大魔神が申していたことが。それは、こういう意味だったのかと」
「なるほど」
ヴァルベゲルの背筋が伸びた。
「では、どうする? ヴィヒヴァルンは……余は、どうすればよい?」




