第6章「(ま)おうさま」 4-32 頭が高い
「魔王様、その辺で、もういいでしょう!」
ストラが構えを解き、無表情でスタスタとフューヴァの後ろに下がった。
エホン、と咳払いしてフューヴァ、プランタンタンに前に出ろとジェスチャーした。あわててプランタンタンも前に出て、ストラを挟んで三人で立つ。
「ええーい、控え控え、控えおろう! 貴様ら、この魔王紋が目に入らぬかあーッ!」
フューヴァ、タケマ=ミヅカに教えてもらった通りに声を張って叫び、懐から魔王紋の銀メダルを出して紋様を皆に見せた。
「こちらにおわす御方をどなたと心得る!! おそれ多くも前の魔王、フィーデ山の火の魔王レミンハウエルを打ち倒し、その魔王号を正式に引継ぎし新の真なる魔王、その名もイジゲン魔王ぉお、あ、ストラ様なるぞおッ!! 皆の者、頭が高あーい!! 高い高い!! 控え控え、控えーい! 控えおろおおーーーッッ!!!!」
ババアー~~ん! と時代劇なら重厚なBGM が入るところだが、
「??? ……!?!? ?? ? ? !?!?!? ?? !? ? ?」
宿の者達、一斉に凍りつく。魔王紋など初めて見るどころか、初めて聞いた。
「なにそれ!?!?」
状態である。固まるのも無理はない。本当は、
「新の魔王様なら、魔王紋を持っているはず、それを見せろ!」
というセリフを、リピーが前もって云うはずだったのだが……。
「…………」
「…………」
その場の全員が凍りつき、静寂に包まれる。
「……ン、ンン! ウンンン!! オホンオホン、ゥオッホン!!!!」
たまらずフューヴァ、渾身の咳払い。ハッと気づいたリピー、
「あ、あっ……は、ははあああーはああああーーーーーーーッッッッ!!!!!!」
大げさに叫んで剣を打ち捨て、片膝をついてストラに平伏した。もちろん、ジュングを初めとする兵士達も剣や槍を地面に置き、追随する。
それを見やった宿場の者や旅人らが、度肝を抜かれて息を飲み、それからまだメダルを構えているフューヴァを見据えた。舌を打ってフューヴァ、
「こいつ、オマエらもだ、コノヤロウ!! 頭がたかあああああいって、云っっってんだろうがあああ!!!!! 控えええおろおおおーーーーーーゥ!!!!!!」
半分ヤケクソで、怒鳴りながら野次馬どもにもメダルをかざしつけた。
「ハ……!」
その異様な迫力に、その場の野次馬数十人が、
「ハハアアアァーーーーーーッッッ!!!!」
訳も分からず片膝をついて平伏した。
(…ッシャアッ!!)
フューヴァが内心ガッツポーズ! そして一斉にひれ伏す数十人の人々の後頭部を見やって、脳汁垂れ流しの感覚に酔った。
その後、ボグル商会の執務室で緊張から解かれ、椅子に座ってぐったりとするフューヴァの横で、今度はプランタンタンが活躍する。
「ゲッシッシシシシッシ~~~~、それでは、これ以降、ボグル商会さんにはイジゲン魔王様の寄進の一切を取り仕切ってもらいやすから、そのつもりでお願えいたしやす。それに関する手数料は、全体の三分で如何でやんしょ?」
「光栄にございます。取り分など、何分でも結構でございます」
「リピー支署長さんは、魔王様の代理として、街道の揉め事には魔王様の名前を使う権利を差し上げやすんで、うまくお使いになり、せいぜい、王国の人たちの魔王様への忠誠度を上げておくんなせえ」
「……本当ですか! わ、私が、魔王様の名代に……!?」
「ただし! やりすぎは困りやんすよ、魔王様のタンチ魔法にかかっちゃあ、どんな隠し事も通用しやせんからね!」
「そ、それはもう! 魔王様の御顔に泥を塗るような真似は……死んでも致しません! 魔王紋にかけて、御誓い申し上げます!!」
「それから! 国王様に関しては、これから王都で御目通りし、国王様以下全員が魔王様に帰依する予定でやんす……よね?」
「いかにも」
タケマ=ミヅカが短く云い放ち、プランタンタンが揉み手でうなずく。
「ゲヒッシシシシッシシシ~~~!! そういうわけでやんす! まあ、愉しみにしてておくんなせえ!」
「ハハーーッ!」
一同が、壁際で腕を組み、壁を見つめているストラに腰を折って再度平伏した。
その日の午後……。
人々に見送られ、四人はリピー宿を発った。街道を歩きながら、
「いやあ、うまくいったなあ。いきすぎて、怖いくらいだぜ」
フューヴァが何度も感慨深げに繰り返す。




