第6章「(ま)おうさま」 4-27 名にし負うボグル商会
ボグルが、鋭い眼をフューヴァへ向けたが、フューヴァはすましたもので、
「寄進したければ、どうぞ、ご自由に。こちらは、レミンハウエルより引き継いだフィーデ山の財宝が山のようにありますので、別に料金をいただくつもりはございません……」
そこで、チラッとタケマ=ミヅカを見やり、タケマ=ミヅカが小さくうなずいたので、そのまま続ける。
「そんなことより、旦那さん、ここの街道警備本部支署に、袖の下をケチって、ふだんから目をつけられてるんですって?」
砕けた調子になり、フューヴァがテーブルへ手をついて、不敵な笑顔を向けた。
ボグルも苦笑しつつ、腕を組んで、
「フ……いや、まあ。しかし、そんなことは、この宿場では周知の事実です。あのペンケルというやつ、いつか国王様に注進し、その職を追い落としてやりますよ」
「そのまえに、アンタ、殺されるっていう話をしてるんだぜ」
「そいつは、穏やかではありませんな……」
「穏やかとか、そういう話じゃあねえんだ、旦那さん。ウラの組織をナメてると、痛い眼どころか、血を見ることになる。問答無用にね。そうなってからじゃあ、遅いんじゃあないですか? っていうことだ」
「しかし……!」
「まさか、この世に正義なんてものがあるって思ってる?」
「い、いや……」
「この世にあるのは、カネと力だけだぜ。旦那さんなら、分かるだろ?」
「う、む……」
「だから、やられる前にやるんで・す・よ。それが無理なら……より強大な力に帰依し……庇護してもらう他は無い。これは、当たり前の話です……」
「だっ、だが、それは本来、国王の仕事だ」
「旦那さん……」
フューヴァが嘆息まじりに、
「国王様だって、神様じゃあない。こんな街道筋の商家と警備支署のイザコザなんて細かいところまで、眼が通っているはずがないでしょう。明日にも襲撃されるというのに、こっちから国王様に注進して、何か月かかるんです? 間に合えばいいですけどね……」
「何が狙いだ」
「え?」
「何が狙いなんだ……魔王……」
ボグルがストラを見たが、ストラは仏像めいた半眼で、どこともしれぬ虚空を見つめたまま、微動だにせず座っている。
「狙いですって? 決まっているでしょう」
フューヴァが、わざと大きな音をたてて椅子に座り直し、ボグルの視線を自らへ戻させた。
「か、金じゃないのなら……名誉か?」
「名誉?」
フューヴァが肩をすくめた。
「そこらのエセ勇者と一緒にしてもらっちゃあ、困ります」
「だったら……!」
「ボグル商会ほどの大店が、魔王様に帰依するんですよ。分かるでしょう?」
ボグルが、大きく息をついた。
「分かるとも。ウチが魔王に救われて、帰依したとなれば……少なくとも、街道筋の大店は、みな魔王……いや、魔王様に忠誠を誓い、少なからず武威に頼り庇護を求めるだろうし、ウチからそれを奨めてもいい」
「さっすが、名にし負うボグル商会だ。しかし、悪い話じゃないはずです。じっさい、盗賊団と支署長を苦も無く排除できるんですから」
「しかし……懸念はある」
「なんです?」
「本当にタダでいいのか? それに、勝手にそんなことをして……国王様に反旗を翻すことにならないのか?」
「寄進は、お任せします。そちらの都合でタダってわけにいかないんなら、適当に払ってください。それに……」
また、フューヴァがタケマ=ミヅカを見やった。タケマ=ミヅカがすかさず、
「王都に着くころには、国王以下ヴィヒヴァルンの全てが、異次元魔王様に跪き、帰依するであろう」
そう云って、針のように目を光らせる。
「ほ……本当ですか……? どうして、そんなことに?」
「この老獪な魔術王国は、魔王を利用することで国の存続と代々の王位を保っておるのよ。レミンハウエルが倒された今、新たな魔王にどう媚び諂おうか、またその価値はあるのか、じっくりと見定めている最中というわけだ。それへ、加担する気はないか?」
「加担? 私どもが、加担……ですか?」
「いかにも。王家より先に新魔王へ帰依した事実は、重いぞ……!」
ボグルが、細かく震えだした。




