第6章「(ま)おうさま」 4-14 牽制攻撃
火竜が上空を見上げ、怒りの遠吠えを発した。
「……冒険者か?」
魔獣使いの二人、共に槍のような長い杖を持って路地裏に隠れていたが、火竜を使うネルベェーンが異常を感知し、路地の隙間からよく見えない上空を見やった。
「わからない」
「あいつだ! おい、空を飛んでいるぞ……! 気をつけろ、かなりの凄腕だ」
「そのようだな」
二人が話しているのは、なんと帝都周辺発祥の帝国共通語であるリューゼン語だった。ヴィヒヴァルンを含む帝国中央部で出稼ぎをするにあたり必須の言葉だったし、それぞれの辺境部族語しか話せなかった二人にとって、なんとか意思疎通を図っていた難しい南部アグェネル藩王国主要公用語であるグェラル語より簡単で便利だったからだ。
「よし……ちょうどいい、あいつを食い殺して、見せしめにしよう」
凄腕であればあるほど、それを倒せばキャリアとして認められ、依頼料のアップにつながる。至極、当たり前の判断だった。
キレットが狭い路地で器用に杖を振り回し、呪文を唱えた。
人面有翼獅子と鷲頭有翼獣が、大きな翼をはためかせて宙へ舞った。力学的にはとても空を飛べるような形状ではないのだが、魔獣というだけあって云わば天然の飛翔魔法効果を有しており、バランスも崩さず、とんでもない起動力を発揮する。
それは、火竜も同じだった。
三頭が凄まじい連携を見せながら、小鳥を襲うよく訓練された猛禽めいてストラを追った。
のだが、しょせん、動物だ。
端から、ストラの敵ではない。
生体兵器にしても、全てにおいてレベルが低すぎる。ストラのいた世界の生体兵器は、宇宙船クラスの巨大さで衛星軌道上から地表を攻撃できる超絶宇宙生物がメインだった。
「あの出しゃばりのバカを食い殺せ!」
等と命令するが、どっちが……というところだった。
だが、一瞬で撃滅しては、見世物にならぬ。
今は無きギュムンデの、闇戦闘興行と同じだ。
(なるべく、ハデに……)
と云っても、単純にハデな攻撃をしたところで、この高度では地上にも被害が出る。
(けっこう、むずかしい)
ストラにとって、こんな面倒な制約のついた戦闘行為は、初めての経験だった。超絶大規模破壊兵器の、運用想定外にも程がある。
三頭の魔獣は、本能のままに行動する野生動物ではあるが、戦闘の訓練と魔力支配を受けている生物兵器でもある。少なくともこの三頭は優秀な二人の魔獣使いにより、種は違えど連携攻撃を行えるよう調教されていた。
三頭が螺旋を描き、ストラを取り囲むように上昇する。ストラは超高速行動にも入らず、うまく囲われることができた。火竜と鷲頭有翼獣が牽制の炎を吐きながら、獲物を追い詰めるようにストラを誘導して動きを封じ、空中に留める。
そこへ、人面有翼獅子が火球魔術を放った。
いきなり宿場の上空で魔術爆発が起き、街道に脱出していた人々が飛び上がって驚き、かつ恐怖した。
「おい、始まったぞ! 急げ急げ!」
タケマ=ミヅカが足を速め、既に遅れているペートリューに馬を託し、プランタンタンとフューヴァがタケマ=ミヅカに続いて先を行く。
「ど、どこへいきやあすか!?」
「人が多いほうだ!」
(ど、どうせなら、もっと街道の近くにあの一瞬で行ける扉を開きゃよかったんじゃねえ!?)
走りながら、フューヴァがそんなことを思った。
爆煙が風に棚引き、ストラはこの程度の火球など手で掃うのも余裕だったが、あえて食らった。もっとも食らったところで、何のダメージもないが。
ストラが豆鉄砲みたいな超極小出力プラズマ射撃を行い、全て火竜の赤く光沢のある分厚い鱗に弾かれる。鷲頭有翼も、レシプロ戦闘機の機銃弾並に初速の遅いその攻撃を器用に避けた。
だが、元より動きの鈍い人面有翼獅子は、ストラが牽制で放ったプラズマ機銃を豪快に食らい、悲鳴を上げて身をよじった。天然の防御魔法を纏っている……と云えば聞こえは良いが、単に魔力を非効率的に常時全身より吹き出しているに過ぎない。ダメージは無かったが、かなり痛かったようだ。怒りにまかせ、狂ったように吠え始めた。




