第6章「(ま)おうさま」 4-13 報酬3万トンプ
本来であれば南部暗黒大陸の猛悪な魔獣を使う術者だが、帝国中央部へ出稼ぎに来ており、こちらで火竜と鷲頭有翼獣を入手して使っている。人面有翼獅子は、ケレットが南部より連れてきた馴染みの魔獣だった。
南部人だが二人とも人種部族が異なり、ネルベェーンはスラリと背が高く、肌は黒に近い濃密な焦げ茶色で、髪も漆黒のドレッドに、眼だけがぎょろりと光っている。ただし、衣服は南部の民族衣装ではなく、帝国中央部に共通のシャツの重ね着とパンツルックに冒険愛用の野外マントを装着していた。ケレットは対照的に背が低く小太りの女で、肌理の細かい赤茶の肌にチリチリの髪も赤毛に近い。一重の眼が細く、云い方が悪いが眠そうなカエルのような顔をしている。こちらも、帝国中央部の服を着ているが、スカートではなく動きやすい男装に野外マントだった。
二人は夫婦でも恋人でもなく、子弟コンビだった。ケレットが師匠である。
出稼ぎと云うが、こんな怪物を自在に使うのであるから「裏の仕事」であった。魔物の襲撃に見せかけた暗殺、悪徳冒険者退治、逆に悪徳冒険者に魔物を貸して村を襲い、冒険者が追っ払うというマッチポンプ魔物退治など、なんでもござれだ。
いま、二人は「とある組織」の依頼で、宿場を襲っている。襲えばよいと云われており、理由は聞いてない。また聞く必要もない。抵抗する冒険者が現れたら、全て殺してよいとも云われている。
報酬は、二つの宿場を襲って3万トンプだった。
二人にとっては、法外な報酬と云ってよかった。それだけで、故郷の村では族長の一族ですらこれほどの財は持っていない。
二人がもっと都会にもまれ、金の機微に慣れていたなら、このような法外な報酬には必ず裏があり、そもそも使い捨てをおびき寄せる「見せ金」であることに気づいただろう。
五人が小走りに荒野方面から火の手の上がる宿場へ近くづくと、人々が警備兵に先導され、続々と街道に脱出しているのが遠目に見えた。
(さて、どうするか……)
タケマ=ミヅカが、登場の仕方を思案。魔王が人知れず街を救いましたでは、意味がない。
「旦那、火竜のやろうどもを、空で退治するってえのは、いかがでやんす!?」
プランタンタンの何気ない提案に、思わずタケマ=ミヅカが、
「それだ!」
と、叫んだ。
「え? なにがでやんすか?」
「良いことを云うではないか。よし、ストラよ、あの規模の相手だ、街中では周囲にも被害が出よう。空中へおびき寄せ、周囲からよく見えるよう、ハデにやれ!」
「わかった」
云うが、重力制御により音もなくストラがその場から飛び立って、凄まじい速度で宿場の上空へ向かう。
「ホレ、我らは喧伝、喧伝だ! 急げ!」
タケマ=ミヅカが走り出し、三人は馬を引きながら懸命にその後に続いた。
ネルベェーンとキレットは、人々に紛れつつも、巧妙に隠れながら三頭の魔獣を操った。魔獣使いは、あまり直接戦闘が得意ではないのがセオリーで、敵に襲われぬよう、身を隠すのが大原則となる。街の警備兵程度でも、囲まれると厄介だった。魔獣に護らせるにしても、脳を直接コントロールしているわけではなく、あくまで調教と魔力操作の結果なので、命令のタイムラグや意思疎通の徹底の難しさが付きまとう。
そこは、どちらかというと、ゴーレムやジャガーノートを操るガルスタイの魔術に近いだろう。生き物が、指示を受けて全自動攻撃を行うイメージだ。
三頭は人間も食い飽きて、それぞれ建物の屋根に上り、火炎を吐きまくり、爆炎魔術を飛ばしまくっていた。石材やレンガに漆喰の壁がメインの建築群であるが、屋根や梁は木材がメインであり、内装や家具にも木は多い。屋根に火がつき、宿場は炎に包まれ始めていた。このままでは、建物は一部の焼け焦げた壁だけを残して崩れ、コリオ宿のように焼野原になるのは目に見えていた。
そこへ……。
火竜の背中から腰にかけて、航空機からの機銃弾のような弾線が当たった。ストラのプラズマ弾である。炎を照らして美しく光る竜の真紅の鱗に全て弾かれたが、もちろん、これはストラがわざと出力を大幅に落としているためだ。




