第6章「(ま)おうさま」 4-12 ネルベェーンとキレット
ストラが飛んで行けば、おそらく火竜や他の二頭がフィナレ宿に就く前に迎撃も可能だ。が、タケマ=ミヅカ、
「まあ待て。主役は、少し勿体ぶって登場するのがお決まりだ」
などと云う。それで、少なからず人が死ぬはずなのだが……。
「それにしても、この速度では、途中の休憩も含めて、到着する頃には再び宿場街は壊滅している可能性が高い」
そうボソボソ云うストラに、
「ふむ……では」
云うが、タケマ=ミヅカは呪文を唱え、進んでいる先の空間に大きな「窓」を作製した。
「ほれ、みな、これに入れ!」
「あっ、これは……」
ストラがいつも三人を避難させる次元転換窓と同じようなものが目の前に出現し、三人は馬を引っ張りながら、迷うことなくそれへ入った。
「ほれ、おぬしも入れ。それとも、自ら窓を開くか?」
ストラは、一瞬、躊躇し、
(他の転送プログラム使用による未知システムと同等の次元干渉の可能性……危険。詳細判明するまで、通過は保留)
自ら位相空間反転窓を開き、タケマ=ミヅカの次元窓と同じ座標を出口に設定すると、そこを通過した。
「ふ、ふ……」
タケマ=ミヅカが楽しそうに笑い、自らの転送窓を通った。
出た先は、フィナレ宿の近くの、街道を外れた裏手だった。
ちょうど、三頭の魔獣が、宿を縦横無尽に荒らしている。
ヴィヒヴァルンを含む帝国南西部で呼ばれている呼称に従うと、それらの怪物は火竜、人面有翼獅子、そして鷲頭有翼獣である。
火竜は全長が尾の先まで15メートルはあり、巨大な肉食恐竜に匹敵する。人面獅子と鷲頭有翼獣も、それぞれ全長が5メートルはある怪物だ。三頭とも、鳥類や蝙蝠に似た大きな翼を四肢とは別に肩背部に持ち、魔法的機構と合わせてその巨体を自在に空中へ躍らせる。
フィナレ宿は人口が3千ほどの中堅規模の宿場街で、焼き払われたコリオ宿と比較的距離が近いこともあり、二つで一つの大きな宿場を形成している。火竜の吐く火に巻かれて火達磨となった旅の商人が、家の屋根から飛びかかった人面有翼獅子の牙にかかり、焼かれたままバリバリと身体を引き裂かれて食われている。
また鷲頭有翼獣も、その大きな肉食の嘴から火を噴いた。そして、火に倒れた者や、火炎放射で逃げ場を失った人々を襲い、鷲爪で刺し殺し、断頭刃めいた嘴で肉をむしった。
火竜は、地面に影を作る大きな蝙蝠翼を器用に畳み、二足歩行でメイン通りを余裕の様子で闊歩した。アリクイが蟻塚を壊してシロアリを貪るようにして建物を大きな腕や脚で破壊するや、建物へ首を突っこみ、中に隠れている宿場の人を咥え上げるや地面へ叩きつけて殺し、大きな足で押さえながら、腕や足、又は内蔵を引きちぎって呑みこんだ。
なお、フィナレ宿には300の警備兵が常駐していた。が、人間の盗賊退治が主任務の、いわば武装警察であり、とてもこんな怪物どもを相手にするような兵力ではない。昼勤務中だった約100名のうち、半数の50名が槍を持って通りに出たが、人の口を持つ人面有翼獅子が魔法を唱え、連続して火球をぶちかましたものだからたまらない。通りで爆発が起き、逃げ惑う人々や兵士が面白いように吹っ飛んで倒れ伏した。
「誰か、冒険者はいないのか!?」
「勇者様がいたはずだ!!」
「勇者様はどこに行ったんだ!?」
この宿にも、魔王退治を目論みて王国周辺を旅する勇者一行が一組いたのだが、真っ先にホテルを飛び出して、そのまま消えてしまった。
宿場は大混乱と恐慌が渦を巻き、滅亡を待つだけとなった。
その三頭の魔獣を意のままに操作している魔術師が、いた。
二人組だ。
一人は火竜を、一人は人面有翼獅子と鷲頭有翼獣を魔術で操っていた。いや、正確には魔術と、魔法の道具である。
男女のペアで、男は魔術師ネルベェーン、女は魔術師キレット。二人とも、非常に呪術や魔獣洗脳操作術に長けている。帝国最南部アグェネル藩王国の出身(正確には、さらに帝国外南部大陸の奥地の生まれ)だった。
いわゆる「魔獣使い」だ。




