第6章「(ま)おうさま」 4-9 ハラゲドル
「これまで随分とあくどく稼いできたのだろう。この宿の賠償は、おのれらでやれよ」
タケマ=ミヅカの針のように細い眼が、不気味な光を放った。魔術師は催眠にかけられたかのように、
「……ハハアーーッ!!」
いきなり起き上がると、タケマ=ミヅカとストラに平服した。
だが、女魔術師の方は、
「……誰がカネなんか払うか!! この悪魔め!! さすが、魔王というだけあるよ!! よくもゴレオン様を……!!」
タケマ=ミヅカはニヤッと笑い、肩をすくめながら、
「やれやれ、聴いたか、皆の衆!! 魔王様は何もしておらぬ!! ただ、降りかかる火の粉を掃っただけよ! 皆の衆へ、何も迷惑をかけておらぬのに、勝手にこやつらが場所も弁えずに挑んできて、返り討ちにあったのだ!! それがこの云い様とは、勇者とやらがが聴いて呆れるわえ!!」
「……そ、そうだ、そうだ!」
恐る恐る集まっていた宿場の者たちが、やおら、声を発した。
「このやろう、店を壊しやがって!!」
「観ろ!! この被害を!!」
「うちの娘を返してよ! まきこまれて、死んじまったんだよ!!」
「ウチの主人も焼け死んじまった!!」
「こっちは、息子夫婦と孫が全員だ……全員、死んだんだぞおお!!」
「何が勇者だ、このヤロウ! 役人につきだせ!!」
「国王様に罰してもらえ!!」
「死刑にしろ!!」
「クソがあああ!!!!」
「弁償なんかいい、代わりに死ね、殺してやる!!」
女魔術師も、流石に何も云い返せず、また逃げる気力も失って、死んだようにうなだれた。
「いやあー~~さすがでやんすううう~~~」
街道を進みながら、三人はひどく感心していた。
タケマ=ミヅカの口上に、である。
ストラが勝つのは当たり前なので、もう感心もしなくなった。
「ホントだぜ、間髪入れずに、街を壊した弁償をあいつらの生き残りに払わせて、しかも役人に突き出すなんて……」
「後腐れも面倒事もいっさいないですう~~!」
ペートリューは感心しつつ、水筒を傾ける回数が激増している。しかし、興奮していくら呑んでも酔わなかった。
「タケマズさん、どこであんな云い方を習ったんですかあ?」
「タケマ=ミヅカな」
苦笑してそう答えたまま、タケマ=ミヅカ、核心には答えなかった。
そして、特に何事もなく街道を三日ほど進んだ、コリオ宿の手前で……。
「あっ」
最初に気づいたのは、プランタンタンだった。
当然、ストラは広域三次元探査で気づいていたが。
「ありゃあ、いってえなんでやんす?」
街道の向こうから、黒い煙が幾筋も立ち上っている。
「火事か!?」
フューヴァも緊張した声を発した。
「とにかく、急ぎやんしょう!」
荷馬を引きながら一行が歩を早め、我々でいう小一時間も進んだころ、空気に焦げた臭いが混じり、やがて、憔悴した避難民が街道に現れ始めた。
「どうしたんだよ!?」
フューヴァが訪ねると、顔を煤で真っ黒にした老女が、
「……怪物……怪物が……」
「怪物だあ!?」
「ど、どんな怪物でやんす!?」
「火竜だよ」
近くにいた、壮年の男が、これも真っ黒になった姿で、そうつぶやいた。
「ハラゲドル!?」
プランタンタンが、その美しい薄緑の目を丸くする。
「は、話にゃあ聴いていたけど、あんなのが本当にいて、しかもこんな街道筋を襲うなんて……前代未聞だ」
「警備兵も全滅。何人か冒険者もいたんだけど……一発で殺られた」
「あんたたち、冒険者か!? 凄腕なのか!?」
「化物を、倒してくれよ!」
いつのまにか集まってきた宿場の人々が、悲愴的な表情で口々にまくしたてた。




