第6章「(ま)おうさま」 4-3 アストラル・ボディ
そのころ……。
「しかし、2万5千とは、おまえにしちゃあ奮発したなあ」
「ゲッシシッシッシッシ……ああいうときは、ケチケチしてたら、旦那の評判が落ちやすからねえ。評判を買う、投資みてえなもんで」
「へええ……」
タケマ=ミヅカを水先案内人とし、四人は南部街道を王都に向けて歩いていた。
カルロー村での「冒険者退治」は、まだ王国の人々には当然知られていないのだが、カルローには定期的に隊商も訪れるし、近郊の宿場街レオノレンとも、人の頻繁な行き来がある。宿場街に伝わってしまえば、遅からず街道を駆け巡るのは時間の問題だ。
一行は、レオノレンとは逆の方向へ向けて荷馬を引きながら歩いていた。
「この先には、18の宿場街があって、そのまま王都につながっている。だいたい、12~3 日も歩けば到着するぞ」
タケマ=ミヅカが、歩きながら説明する。
距離や旅人の装備により、宿場街を飛ばして進む者もいる。
南の方角を見やると、平原の向こうのフィーデ山から、まだ濃く幾筋もの噴煙が立ち上っていた。
周囲には、薄く火山灰や軽石が積もっている。風向きによっては、ここまで灰が飛んできているのだ。
街道は頻繁に行き来する人がおり、ヴィヒヴァルン王国の経済の発展度が知れた。フランベルツの、数倍の人が歩いている。
「景気のいい国でやんすねえ、御金様がグルグル回ってる音が聞こえてくようでやんす、ゲヒッシッシシシシ~~」
上機嫌で、プランタンタンが馬の綱を引いた。
今時期は気候もよく、しばし、一行は平和な旅を楽しんだ。
そのまま、二つほど宿場を過ぎ、夜はたっぷりと宿で休息した。ペートリューはうまいワインが飲み放題で終始ご満悦、プランタンタンとフューヴァは、王都へ行ってからどうストラを国王へ売りこむかを熱心に話しあった。
「なに、王都へ着くころには、向こうが平伏し魔王を出迎えるであろうよ」
部屋の隅の暗がりに椅子を起き、腰かけていたタケマ=ミヅカが、ぼそりとつぶやく。
部屋は、三人と二人で分けられてる。ストラとタケマ=ミヅカが同じ部屋だったが、いま打ち合わせのため、広い三人部屋に全員が集まっていた。
「そうなんでやんすか?」
「まあ、見ておれ」
そう云って、タケマ=ミヅカが目を細める。
「ところで、タケマの旦那」
「なんだ?」
「さきほどもまったく飯を食いやあせんでしたが、お身体は大丈夫なんで?」
「…………」
ストラは人類偽装行動でほんの少量、飲み食いするだけ(逆に食べようと思ったら無限に食べられる)だったが、タケマ=ミヅカも飲食しているところを見たことがないことに、プランタンタンはここ数日の旅で気づいていた。ついさっきも、食堂で何も口にしなかった。水すら飲まぬ。
「え、そうだったか?」
フューヴァも、云われて初めて認識する。
それは、実体化しているとはいえ、本来は精神体であるタケマ=ミヅカは、飲食の必要がないだけではなく、飲食できないからに他ならない。
「少しくらい、食べた方がいいですよ」
「あ、ああ……」
タケマ=ミヅカが、ストラの無言の視線に気づく。
「隠れて、こっそり食っておるのだ、心配無用にござる」
「なら、いいですけど……」
「この宿の飯が、御口にあわなかったんで?」
「うまかったけどな」
「ええ、この国は、飯がうめえでやんす」
「お酒もおいひぃれふぅうう!」
席で酔いつぶれていたはずのペートリュー、いきなり起き上がってゴブレットを掲げたので、白ワインが卓に飛び散った。
「ああ、もう……寝ろや、こいつ」
フューヴァが、ペートリューを抱えてベッドまで誘導する。
「さて、身共も休ませてもらうわえ」
タケマ=ミヅカが席を立ち、部屋に戻った。その日の打ち合わせを終え、みな寝ることにした。




