第6章「(ま)おうさま」 3-4 想定外
それだけで、強靭な魔法剣が氷柱みたいに折れた。
「……!」
レームスのひきつった顔へ視線も向けずに、無表情のまま、ストラが左手でレームスを払いのける。本当に、ハエを払っているかのような所作だった。
レームスはまるで大岩がぶつかってきたような衝撃を受け、豪快にぶっとばされた。
そのままホームランボールめいて人々の真上を素通りして、通りの向かいの建物の屋根に叩きつけられ、瓦と屋根板をぶち抜いて家に中に落ちた。防御魔法がかかっていなかったら、もちろん即死していただろうし、バックハウスのように蹴りでも食らっていたら、やはり防御魔法があったとしても即死していただろう。
残るのはウェッソンだ。
「坊ちゃま、お待ちを!」
ワーデラーが必死の形相で叫んだが、ウェッソンは止まらなかった。
「魔王めが! 正義の鉄槌をくら……」
高出力対人プラズマ弾が炸裂し、防御力+50付与の板金の鎧ごと胸板に大穴が空いた。衝撃で、ウェッソンが錐もみしてぼろ布みたいに転がった。
「ぼ……!!」
驚愕で、ワーデラーが硬直した。
ヴォールンも動けなかった。あれでは、回復以前の問題だ。死者を蘇らせる魔術もあるにはあるが、簡単ではないし、そもそもヴォールンのレベルでは使えぬ。
残るは、バーラ、エルステル、ヴォールン、ワーデラー……そして、全身が瘧のように震えて泣いているオルトンの、魔術師五人だ。
「クソが! ライードどもはなにやってんだ!!」
「レームス!」
バーラが、泣きそうな声を出して振り返った。建物から出てきたレームスはバーラへ軽くうなずいて、
「おい、おまえ、ライードたちを呼んで来い!」
みな、オルトンを見やる。
レームスに云われたオルトン、気づかずにストラを凝視している。震えが止まらぬ。戦力外通告ということだが、もはやこの状態では伝令くらいしか役に立たないだろう。
「おい!」
レームスに代わり、ヴォールンが何か云おうとしたとき、バーラがオルトンの横っ面を張りつけた。
「しっかりしろ! 新人だからって、魔王は容赦してくれないんだよ! 戦えないんなら、とっとと呼びに行きな!」
オルトンは目を見開いてバーラを凝視したが、震えは止まった。
「動け、このガキ!」
バーラがまた手を振りあげ、オルトンが歯を食いしばって駆けだした。
ストラは、あえて無視した。ライード達の動向も把握している。何やら(人間にしては)凄い量の魔力子を動かしていたが、何をしているのかまでは良く分からなかった。
ストラが動かなかったので、レームスらは一息ついた。
「が、ライードたちが来るまでのんびりと待っているわけにもゆくまい……」
レームスが悲壮的な眼を、生き残った魔術師たちに向ける。ウェッソンが死んだ今、ヴォールンとワーデラーも、勇者レームスに臨時的につき従う。
「オレもまだいけるぞ」
焦げと煤にまみれ、火球魔術の衝撃に飛ばされたアナーゼルが戦斧をひっさげて合流した。
「アナーゼル、無事だったか!」
「無事じゃあねえけどよ……」
アナーゼルが苦笑。こちらも、防御魔法がなかったら即死していた。肋の数本はイっている。
眼前のストラは、なにごとも無かったようにホテルの入り口に佇んでいる。
一歩も動いていない。
「ちょっと、まだ早かったか……?」
レームスが苦笑する。魔王に挑むには、レベル不足だったという意味だ。
まして、魔王の正体が異世界より到来した文明破壊可能兵器であるというのだから、これはもう、想定外にも程があった。
(こういう時は、人目を憚らずにちゃんと逃げられるよう、街道で戦いたかったんだが……)
死んだウェッソンのせいで、作戦も台無しだ。いま逃げても、カルローの民や魔王により情報は千里を駆ける。村人を巻きこんだうえに敵前逃亡したとあっては、評判は地に落ち、勇者稼業はおしまいだ。
(ライード……間に合わないか……)
レームスがチラッと、オルトンの駆けて行った方向を見やった。
「よし、作戦を変更する。幸い、魔術師が四人いる。先にありったけの魔術で飽和攻撃、その隙をついて、俺とアナーゼルが左右から攻撃する。いいな」
みな、うなずいた。
「いくぞ!」
勇者レームスに率いられ、第二次攻撃が始まった。




