第6章「(ま)おうさま」 2-7 射干玉の底
(貴族の考えることは、よくわからんな……)
しかも、同じ貴族でも、ホルストンとノロマンドルでは微妙に文化が異なる。復讐権などという概念は聴いたことが無い。
「ま、まあ、なんでもいいが……相手は魔王だ、いざとなったら加勢するからな」
「その時は、正式に依頼する!!」
「ああ、そうかい……」
レームスが手をあげ、バーラやエルステル、それにアナーゼルが下がる。が、ベロウは、素早く闇に消えた。ライード達を見張りに行ったのだ。
そんな状況は、全てストラが広域三次元探査で把握していた。
「起きて……起きて、プランタンタン」
「な、なんでやんす……!?」
プランタンタンは奴隷だったころの習慣が抜けず、いつでも名を呼ばれたら飛び起きる。
「避難して」
「合点承知の介」
部屋の真ん中に、次元窓が開いた。窓の向こうも暗かったが、次元の境が発光し、四角く光の線が空間を切り取っている。
プランタンタンは荷物を抱えると、真っ先に窓へ飛びこんだ。そして窓の向こう側より、
「フューヴァさん、ペートリューさん、起きてくだせえ! 敵の襲撃でやんす!!」
「えっ、て、敵……!?」
そこはフューヴァも、ギュムンデの裏社会の人間だ。飛び起きるや同じく荷物を抱え、ストラの次元窓を発見すると先に荷物を放り投げた。そして、どうせ起きないペートリューの脇の下に腕を通して抱え上げたが、重くて動かない。ベッドから引きずり下ろすのが精一杯だった。
「クッソ……こいつ、少し痩せさせないとダメだな……!!」
と、ストラが二人を易々と小わきに抱え、そのまま窓につっこんだ。
「ちょっと待ってて」
「へい……大丈夫だと思いやんすが、旦那もお気をつけて」
「うん」
窓が閉じる。
プランタンタンとフューヴァが気づくと、そこは昼間に通りかけた街道へ向かう村道だった。真っ暗だが、星明りになんとか判別がついた。もっとも、プランタンタンは夜でも見える。
「……あんまり、離れてねえでやんすね」
「そうだな……」
フューヴァも、意外そうに周囲をの暗闇を見渡した。
「じゃ、そこまでハデにやるつもりはないのであろうさ」
声に驚いて振り向くと、そこには小柄な女剣士が立っていた。
「おまえは……!」
フューヴァが腰の後ろの護身用大型ナイフへ手を添え、身構えた。
「敵ではない……いま、魔王と戦う気はない」
フランベルツ語でそう云い、タケマ=ミヅカが両手を上げる。背も低く、プランタンタンとそう変わらない体格をしている。見た感じは、ミドルティーンの少女にも見えた。
「昼間、ストラさんと何の話をしてたんだ?」
警戒を解かずも、フューヴァが短剣から手を離した。
「大した話はしていない……」
タケマ=ミヅカは二人や道端にひっくり返るペートリューの傍らを通り、村道の向こうにひっそりと静まり返る、射干玉の底に潜むカルロー村を見つめた。
「それより、あやつらが、異次元魔王の初の生贄になりそうだな」
「いじげ?」
「異世界魔王では、いかにもかるい。異次元魔王のほうが、威厳があると思わんか?」
「しらねえよ……」
フューヴァが眉をひそめる。
「それに、いけにえだって?」
「いかにも」
闇の中で、タケマ=ミヅカの両目がキラッと光ったので、フューヴァはギョッとして息を飲んだ。
「魔王はな、生贄を食えば食うほど、強くなるのだ」
「……」
ゴクリ、フューヴァが喉を鳴らした。何を云っているのか、意味がわからぬ。
「しかしながら、レミンハウエルのやつはそれを勘違いして、ただ漫然と与えられるだけの単なるエサを生贄のつもりで食い続けていたから、ダメだったのだ。魔族というのは、長生きもし魔力も高いのだが、思考が浅い。思慮分別が無い。ゆえに、絶大な力を持ちながら、人間なんぞにこの世を支配されている」
「あ……あんた……」
じっとりと、フューヴァの背中に汗がにじんだ。
冷や汗だ。
周囲の、やかましいほどの虫の音が、ぴたり、と止んだ。
「おっ」
タケマ=ミヅカが眼を細める。
「はじまるぞ」
瞬間、轟音と共に、漆黒のど真ん中に爆炎と火柱が立った。




