第6章「(ま)おうさま」 2-5 作戦決行
帝都に、帝国の遥か西方出身者が200人ほど集まっているコミュニティがあるのだ。分かりやすく、西方人街と呼ばれている。
西方と云っても、神聖帝国と同じく数百の国家と諸民族、諸亜人類がごった煮のようになっており、西方内でも東は帝国西部にかかっている文化圏もあれば、北は帝国北部と重なっており、極西には謎の魔法王国があるという噂である。また西方世界は異様に東西に広く、世界の裏側を一周して、マンシューアル近くにまで達しているという話だった。
従って帝都リューゼンにいる西方人も、便宜上集まっているだけで、中身は様々だ。
が、神聖帝国人には区別がつかないので、まとめて「西方人」と呼ばれていた。
ライード組は全員が帝都出身なので、当然、西方人街のことも知っている。
が、ああいう魔法剣士がいるという噂は聞いていなかった。
まして、西方人は魔術師と戦士が完全に分かれる傾向にあり、魔法戦士という概念がないのだ。どちらの才能があったとしても、どちらかに別れるのである。
だから、非常に珍しい。
しかも、魔力が動かずに転送したのも確認した。
「西方の魔術には式と効果を封印した『呪符』を使い、戦士も使えるようにしているものがあると聞いている。それかもしれないぞ……」
それは一種の魔法戦士であるのだろうが、東西で概念や手法が異なるということだ。
さて……。
帝都出身のライード組、田舎勇者と異なり、良くも悪くも感性がドライだ。
遠慮なく、
「魔王が村にいるうちに、やってしまおう……」
と、なった。
こんなド田舎の世間体がどうのなど全く気にしていないし、必要最低限の犠牲とすら思っている。何せ相手はあのフィーデ山の魔王を倒し、そのせいでフィーデ山が噴火して周辺地域へ甚大な被害を与えているというのだから。こんな村より、新魔王退治が優先される。
とはいえ、そうなると邪魔なのは他の二組の田舎勇者どもだ。村人を護るためと称してライードの邪魔をするとも限らないし、横から魔王をかっさらう可能性だってある。
こういうとき、欺瞞作戦は限られている。
「じゃあ、適当に村のやつらを襲うのか?」
ヘーゲルバッハの言葉に、ライード、
「いや……」
不敵に褐色の顔をゆがめる。
ストラの姿、背格好は、既に魔術偵察で充分に把握している。ライードの幻術は、他人の姿を「変身」させることにも長けていた。
仲間の女戦士グーラントへ変身魔術をかけると、ストラにそっくりとなった。さすがにストラ本人や、プランタンタン達が見れば差異は歴然だろうが、ウェッソンやレームスの連中に区別はつかないだろう。
「よし……」
その夜、作戦は決行された。
ストラが現れる以前、ライードの偵察魔法は、当然レームスやウェッソン達をメインに行われていた。ホテルにほぼ引きこもりで、彼らの動向はすべて把握していた。
ウェッソンと、従者にして盗賊見習いの少年冒険者ミレスが、夜も遅くホテルから出て来る。
明かりも無い。
このことは、ウェッソンの側近であるヴォールンとワーデラーの二人の魔術師しか知らない。
湯で身を清めた二人は、明かりも持たずに初夏の夜の村を歩き、村外れのとある小屋に到達した。
物置として、勇者ウェッソンが借りている小屋であった。
そこが、ウェッソンとミレスの「情事の場」というわけだ。
戦士バックバウスは薄々感づいているが、ホルストンでは貴族の子弟は両刀使いがたしなみだったので、遊びだと思っている。
玉の輿を狙っている女戦士ガーデンナーと新人魔術師オルトンは、まったく知らぬ。
暗闇の中を慣れたもので、明かりもなく無言で二人は小屋に到達し、先にウェッソンが入った。鍵を持っているのは、ウェッソンだからだ。
すぐに、ミレスが続こうとして、
「ギャアッ!!」
魂消るような悲鳴を発し、暗闇に転がった。
「どうした!!」
すぐさま、異変に気付いたウェッソンが飛び出てきた。
「痛い! 痛い痛い!! うう……」
明かりが無いので、わけが分からぬ。
が、血の臭いにウェッソン、
「し、しっかりしろ! すぐにヴォールンを呼んでくる!」
ドルイド魔法には、いわゆる回復魔法が含まれている。
うずくまるミレスをそこに起き、ウェッソンが走った。




