第6章「(ま)おうさま」 1-1 カルロー
第6章「(ま)おうさま」
1
四日が過ぎた。
アデルの大平原は南にフィーデ山を望み、方角が分かるので、たとえ街道を外れても迷い死ぬ者は少なかった。そのため、平原を闊歩する各国の間者が横行し、ヴィヒヴァルンではアデラドマエルフに平原の監視任務を依頼していた。
ましてストラがいるので、探査により最短距離を進んで、四人は街道筋の宿場より少し離れた、カルローという農村に到達した。
さすがに糧食と水が心もとなくなってきのと、なにより、ペートリューの酒を調達するためである。
平原が次第に田園となり、ブドウ畑も見えてきた。ヴィヒヴァルンは南部のワインと、北部のビール・エールが高名だった。
「いやはや、思ったよりでっけえ村でやんす」
「いや、こりゃあもう町だぜ」
プランタンタンとフューヴァは、この四日の間、ペートリューから最低限のヴィヒヴァルン語を習いながら来た。たった四日ですぐ話せるようになるものでもないが、帝国成立より1000年余が経ち、各地の言葉はかなり共通語化しているのも事実だ。マンシューアルのような、完全な異文化圏が100年ほど前に帝国に与するようになった例はともかく、他の主要国家は共通する単語も多く文法もほぼ同じで、まだ分かりやすい。
じっさい、村人たちの言葉もよーく聴いていると、なんとなくわかるような気がした。
それはそうと、カルロー村は街道宿場でもないのに、どうしてこんなに発展し、人が多いのだろうか? 少なくともフランベルツでは、この規模ではもう市だった。
(現在時点人口8,603人……確かに、この世界の田園地帯にしては規模が大きい)
ストラも、三次元探査を終えて、興味を持った。
(しかも、正規の兵士ではないけど、武器類を所持する者、魔力子を体内に貯蔵している者が、合計で17人いる……理由は不明。推定、何かの拠点)
探索か、冒険か……その基地という意味だ。が、それこそフィーデ山の洞窟探検ならまだしも、こんな田園地帯で何の探索、探検をするものか。さしものストラも、現地人の動静を調べないと、すぐには分からない。
「さあてさて……どこか宿を見繕って、王都に行くまでの食いもんやらペートリューさんの酒やらを仕入れやしょう。どこがいいでやんすかね?」
村の大通りを歩きながらプランタンタンが周囲を見渡したが、店はあれども宿屋というのは、見た感じなさげに思えた。
「宿場じゃねえから、村はずれとかにあるんじゃねえの?」
「こっち」
ストラが、先を歩き始める。
「ゲッシシッシ……旦那のタンチ魔法は、ホント便利でやんす」
三人が、迷いもなく後に続く。
フューヴァの読み通り、酒場と宿屋と冒険やら探索やらに必要な物資を専門に集めた店が立ち並んだ一角が、裏通りを少し進んだところにあった。冒険者街とでも云うべきか。規模は大きくないが、この田舎町が冒険・探索者たちの基地になっているのは明白だった。
「まあ、あっしらはただの旅人でやんすから……長居はしねえでやんすけど」
プランタンタンが云いながらボロボロの荷物を背負って長い手足を揺らし、ヒョコヒョコ歩いていると、
「アデラドマエルフじゃねえな……おい、おまえ、どこのなんていうエルフだ?」
等と声をかけてくるものがいる。
「……?」
プランタンタンを始め、皆が立ち止まる。
「どこのエルフなんだ?」
ヴィヒヴァルン語だったので、ペートリューがたどたどしく通訳した。
話しかけてきたのは、大柄で屈強な30歳半ばごろの男性だった。平服だが、身のこなしが練達の剣士や、熟練の騎士ではないかとすぐに推察できた。
「あっしは、ゲーデルの牧場エルフでやんす」
「ゲーデルエルフ!」
男が無精ひげだらけの脂ぎった顔を撫でつけ、驚いたようにプランタンタンからペートリュー、フューヴァ、そして最後にストラを見た。探検隊のような姿や装備は、この10日近くでもう何か月も遭難したかのようにボロボロだった。フィーデ山の洞窟踏破がそれほど厳しかったことを意味するが、男にそれは分からない。ただ、フィーデ山が噴火したのは分かっていた。また、そのために魔王の身に何があったのかも……。
「どこから来たんだ? あんたたち」
「あんたに関係ないだろ」
フューヴァが前に出る。
「まあ、確かに関係ないけどよ……」
男の眼が、急に細くなる。




