第5章「世の終わりのための四重奏」 8-2 大がかりな興行
「では、誰が魔王を?」
国王が眼を細めた。
「わかりません!」
年上のはずのシラールの方が肌艶もよく、溌剌としてむしろ若々しい。動きも機敏だ。
「ですが、魔王が死に、盟約が失われたことは、紛れもない事実です。おそらく、フランベルツは遠からず滅亡するでしょう!」
「フランベルツは、マンシューアルめに攻め滅ぼされ、ナントカという下賤の輩が総督となったばかりのはずだが……災難なことよ」
「その災難、次に被るのは、我らがヴィヒヴァルンでしょう!」
「……魔王を倒した勇者が、王都に凱旋すると?」
「それも、我らが生贄として送りこむ自称勇者や英雄などという、得体の知れぬ無頼の輩ではありません! 真の勇者です。そして、おそらく……次の魔王」
がっくりと肩を落とし、ヴァルベゲルは崩れるように椅子に座った。目元が歪んで、泣きそうな顔になっている。
「どうする……どうすればいい」
「方法はふたつ! 一つは、新たな魔王を迎え入れ……王国は新魔王の傘下に入り、共に栄える。帝国の中枢のように」
「もう一つは……新たな魔王を倒す勅令を発し、帝国中に魔王を退治する勇者を求める……今まで通り……」
「さよう!」
そこで、シラールの眼が初めてニコニコしたものから針のように細い、殺気に満ちたものとなった。
それを見やり、むしろ安心したように国王が、
「あるいは、その両方か……?」
「いかさま……!」
シラールが、悪魔のような笑みを浮かべる。
「まず、新魔王の実力を試します。レミンハウエルを倒した、その実力を……! 単なるまぐれなのか、真に新なる魔王なのか……。そして、レミンハウエルを間違いなく倒し……あの天変地異も生き残った真に新なる魔王であったならば、我らは新魔王に協力を仰ぎ……我が王国の守護神となっていただく」
「……魔王が、それを拒んだら?」
「その時は……偉大なる大魔神の生贄にするのみ……!!」
「フ……」
ヴァルベゲルが、感心し、かつ、頼もしそうに盟友を見つめた。
「さすが、メシャルナーと謁見しただけあるな、シラール」
もう、シラールの顔はいつも通り屈託なくニコニコとしていた。
(世界の三分の一を統べるこの大帝国……実体は、我らが互選する皇帝を代理人とした、大魔神メシャルナーの支配する土地……。かつて、世界の11人の魔王を全て倒した一人の大魔王が、ひたすらこの世界の魔力を吸い、溜めこんで……世界の魔力バランスを保つ役を担うこととなり……それを護るために、この神聖帝国は造られた……。それから1000年余……再び魔王は世界に八人現れ……いま、その一人が数百年ぶりに倒された……。いやはや、さてさて、さてさて……これは、新たな神話の始まりとなるか、否か……)
「やけに、楽しそうだな」
盟友の顔を見やって、ヴァルベゲルが口元をゆがめた。
「はい! この歳になって……こんな見世物を観覧できようとは、長生きはするものですわ! ウハハハハハ!!」
シラールがクルッと機敏な動作で踵を変えて、またスタスタと小走りで去ってゆく。その後ろを、それぞれ国王に一礼をした高位魔術師達が、またゾロゾロと無言でついて歩いた。
「では……」
ヴァルベゲルが再び席を立ち、王国の重臣たちが我へ返って前に控えた。
「レミンハウエルの死により盟約は破られ、フィーデ山の噴火につながった。新たなる魔王の討伐を宣言する。国じゅうの自称勇者が集まってくるぞ。それから、新魔王はおそらくレミンハウエルより魔王号を直接伝えられ、そう名乗ると思われるので、新魔王を見つけたならば大至急王都にその魔王銘を伝えろと触れを出せ!」
「ハハアーーッ!!」
宰相を筆頭に、重臣たちが慌てふためいて立ち去った。
「さあて、と……」
ヴァルベゲルは、すっかり冷えた紅茶のカップをとり、静かにすすった。
(確かに……こんな大がかりな興行は滅多にない……。フィッシャーデアーデも顔負けよ……。さて、新魔王……どのような号を名乗るものか……どれほどの強さか……この世界をどうするのか……メシャルナーはどう対応するのか……楽しみだ……クク、ク……)
老獪な顔に不気味な笑みを浮かべ、ヴァルベゲル、いつまでもほくそ笑んでいた。




