第5章「世の終わりのための四重奏」 7-2 アデラドマ草原エルフ
もっとも、デルエル峠を越えて入国する旅人は彼らもよく知っており、警戒監視対象外だ。問題は、ここは街道から遠く離れていることだった。街道を外れ、こんな場所をウロウロしているのは、遭難者かスパイしかいない。
が、ヴィヒヴァルンの関所から、遭難者の情報は入っていなかった。ごくたまに、関所を越えて街道を進んでいるはずが、次の関所に現れない旅人がいるのだ。遭難したか、あえて街道を外れて消えたか。
どちらにせよ、伝達魔法カラスで、エルフ達に捜索の依頼が来る。
それが来ていないということは、関所すら通ってないことを意味する。
また、トーラン大森林を通ろうが、フィーデ山の洞窟を通ろうが、街道は必ず峠を下りた場所の関所に通じる。この三人は、まったくもってどこをどうやって通って来たのか、完全に不明な不審者だった。
「ア……アデレの、草原エルフです……初めて見ました……!」
ペートリューが水筒を傾けて、二人へ耳打ちする。
「そんなエルフがいるのよ……おい、お仲間だぞ、プランタンタン……」
「まぁたそんなことを……こんな連中、まるっきり知らねえでやんす」
そうは云っても、ゲーデルエルフ語をしゃべっているのだから、プランタンタンが相手をするほかは無い。立ち上がって、
「え、えー~と、ええ、まあ……見ての通り、旅の途中でやんして……ゲッシッシ……」
目じりを下げ、三角の口に前歯を見せて笑いながら揉み手をし、プランタンタンが馬上のアデラドマエルフ達を見上げた。
精悍な顔つきで、エルフ達が自分たちの言語で何やら囁き合う。
と、やおら、
「ヴィヒヴァルンの言葉は、分かるのか?」
「?」
プランタンタンとフューヴァが眉をひそめたが、
「ヴィ、ヴィヒヴァルン語は、話すくらいなら、私が……」
おずおずとペートリューがそう云い、プランタンタンとフューヴァが驚いて目を丸くした。
「ヴィヒヴァルンのヴァルンテーゼ王立魔法院流に、ランゼ様の魔法教室は、ヴィヒヴァルン語で授業を……」
ペートリューが小声で説明し、フューヴァは納得した。
「良かった、ゲーデルエルフ語は、慣れていなくてな……」
草原エルフの一人が、毛長馬より下りた。毛長と云っても、フランベルツの品種より足が長く毛は短い。フランベルツの毛長馬は巨大なモップみたいであり、その長い毛も利用されるが、ヴィヒヴァルンの毛長馬は、フサフサしているといったていどだ。
一人下りたが、残りの四人が馬を操り、さりげなく三人を包囲する。
「で、お前たちは、なんでこんなところに?」
同じエルフと云っても、ゲーデルやフィーデンと印象が全く異なる。人間でいう人種が異なるのだから、当たり前だが。衣服も馬上で動きやすいもので、大量のカスタ牛を自在に操る技術を有している。弓と投げ縄と投げナイフの達人だ。
「な、な、何で? 何でと云われても……」
忽ち緊張して震えだしたペートリューが、音をたてて水筒を傾けた。一気にカラになる。
「おさけ……おさけ……」
「だめでやんす……フューヴァさん」
「ああ」
フューヴァが前に出て、
「ペートリュー、アタシとアイツの云うことを、ただ訳してくれ」
「う……うん」
以後、会話には全てペートリューの通訳が入るが、便宜上、略す。
「あんた達こそ、エルフなのに人間の王国に住んでるのか? なんの権限でアタシ達を? 国境警備兵なのか?」
「似たようなものだ。ヴィヒヴァルン王家と盟約を結び、ここを我らの大地として自由に使う権利を得る代わりに、お前らみたいな怪しいのを捕らえる役目を負っている。どっちにしろ、元からカスタを泥棒などから守るために、行っていたことだしな」
そして、下馬した隊長格のアデラドマエルフが、
「で、お前らはどこからどうやって来た? ここで留まって何をしている? ここでの尋問が嫌なら、今すぐ捕えて引き渡すだけだが……」
問答無用で捕えないところを見ると、エルフ達も少しは「訳アリ」と思っているのだろうか。フューヴァは、時間を稼ぐことにした。ストラが来れば、どうとでもなる。
「アタシらは、凄腕の傭兵にして最強の魔法戦士ストラ様の従者だ」
「ストラ?」
「そうさ」
「そんな名は、聞いたことがないな」
「そら、あんたらが知らないだけだろ」
「ヴィヒヴァルンの兵士達も、そんな凄い戦士の話は全くしてなかったぞ」




