第5章「世の終わりのための四重奏」 6-6 全身全霊全魔力
それでも、微かに残った意識がシンバルベリルを通じてプラコーフィレスに通じた。
「私の……シンバル……残っ……魔りょ……」
薄黄色にまで減ってしまったシンバルベリルをプラコーフィレスに託し、エーンベルークンは、その意識もろとも爆発の中に砕け散った。
「エンベリ……!!!!」
血の涙を流し、魔力の防護球の中でプラコーフィレスが託されたシンバルベリルを、右手で握りしめる。
「……魔王様、御無事ですか、魔王様アア!!」
「無事ではないが、生きている」
まともに爆発を食らったレミンハウエルは魔力防護壁を通してもなお肉体が砕け、蒸発したが、シンバルベリルの大魔力を使って、地獄めいた灼熱と高圧力に浮かぶ防護球の中で、衣服ごと身体を復元していた。濃い血の色だった指輪のシンバルベリルは、明るく薄い朱色のような赤に変色している。ストラの吸収と戦闘による使用で、この膨大な魔力の三分の一ほどを失っていた。
「ストラはどこだ……!!」
魔王が怒りと憎しみと屈辱に顔を歪めきり、目をむいた。この世に生じて千年余、これほどの敵に出会ったことは無かった。
と、高熱と高圧力が忽ちのうちに収まり……この空間につながっている数多の洞窟より凄い勢いで空気が吹きこんで、突風となって逆巻いた。ストラが、余剰エネルギーを回収したのだ。温度が急低下し、気圧が急減圧して、空気が吸いこまれている。レミンハウエルはともかくプラコーフィレスは、魔力の防護球の中にいなかったらこの気圧差に耐えられず、肉体が爆発して即死していただろう。またこの影響で、洞窟全体の環境が激変していると考えられる。
暗黒に吹きすさぶ風の中、ストラが空中に浮かんだまま佇む。レミンハウエルが、最後の戦いを挑まんとして、ゆっくりと近づいた。
当然、それへプラコーフィレス続こうとしたが、
「お前は下がれ!」
レミンハウエルから思念が飛んだ。
「そ……そんな! 魔王様! 後生です!」
「バカ! 少しでも仲間を逃がしておけ……私が勝つにしろ、負けるにしろ……フィーデ山の洞窟は、完全に崩壊するだろう……!!」
「うぅ……!」
プラコーフィレスは真っ赤な血の涙をぬぐい、白い顔に血化粧がついた。闇を見る目で、空気の層によりぼんやりと歪んで見えるストラをにらみつけたが、ストラはもうプラコーフィレスには眼もくれず、ただレミンハウエルを一点に見据えている。
相手にされていないことを悟り、プラコーフィレス、
「……フィーデ山の火の魔王レミンハウエル! 我らフィーデンエルフの守護神、偉大なる師、そして愛すべき男……! おさらばにございます! 御武運を! 互いに生きていたら、再び相まみえましょうぞ!」
云うが、転送魔法でその場より消えた。
「…………」
ストラが、チラッ、とプラコーフィレスのいた場所を見た。
「礼を云うぞ、見逃してくれて……」
「……別に……」
既に、プラコーフィレスはストラにとって何の脅威でも障害でも……敵ですら無いので、無視しただけだった。
「さて……ここから先は、我が全身全霊全魔力をかけて、おまえを攻撃するだけだ……」
ストラは無言で、位置取りのためにゆっくりと空中を移動する。それに合わせて、レミンハウエルも魔力防護球ごと、空中を浮遊して位置を変えた。
「フフ……どうぞ、ご自由にという顔だな……!!」
三分の一近くも失われたとはいえ、レミンハウエルの赤色シンバルベリルが貯蔵している魔力量がケタ違いなのに違いは無い。
見る間に、レミンハウエルの両手に魔力が凝縮し、再び回転円盤ノコギリ刃が具現化される。そして、それが凄まじい濃度で凝縮され、魔王の両手に中皿ほどの大きさの円盤上の物体が出現した。そこだけ異様に高濃度で魔力が高速で渦巻き、赤黒く燃えている。
(……超高濃度魔力子凝縮体……どのような効果があるか未知数……! 注意……!)
ストラが、光子剣を両手持ちのやや高い中段で切っ先をレミンハウエルに向け、そこから深く右の八相……右耳構えにとった。
レミンハウエルは、両手を交差し、いつでもその魔力の回転円盤を投げつけられる構えを取った。この級になると、武器も魔力で自ら作り出すほうが速いし強力である。小賢しい呪文も術も無く、ひたすら魔力自体を武器としてぶつけるのみだ。




