第5章「世の終わりのための四重奏」 6-2 中和
「なんでやんす、なんでやんすうう~~~ストラの旦那あああああ~~~~!! こんな便利な魔法が使えるんなら、最初から使ってくれりゃあ、あんな洞窟に入る必要も無かったでやんすううう~~~~!」
プランタンタンが、そう云って細い手足で地団太を踏んだ。
「なんか、理由があるんだろうぜ……」
フューヴァは、安心と放心で草地へ座りこんだ。
「たぶん、ストラさんにとって、そう簡単に使えないんだと思います。例えば、いまみたいな緊急事態の時だけ使える……とか。魔法って、そういうものなんです……術者によって、それはいろいろなんですけど……」
まさか、自分が魔法を使わない云い訳か? と思って、二人がペートリューを見やった。
「ま……なんでもいいぜ。ストラさんが、必ず迎えに行くって云ったんだ。待ってようぜ。ここでよ」
「そうでやんす。なあに、旦那のことでさあ。相手が誰であろうと、そんな時間はとらせねえと思いやす」
「だと、いいんですけどね……」
どうせ、おまえは酒の心配だけだろ、と思って、また二人がペートリューを見やった。
高い空に、白い雲が足早に流れていた。
風が強いのだ。
「ちょっと、寒いな……」
15分も経っていないだろうが、もう何時間も経ったような気がした。
三人とも、急に緊張から解放され、放心していた。
「オイ、オマエ、ゲーデルノ山エルフカ?」
訛った片言のゲーデルエルフ語で話しかけられ、プランタンタンが飛び上がった。いや、プランタンタンでなくとも、フューヴァとペートリューも息を飲んで声の方を振り返った。
フランベルツ毛長運に比べて少し毛の短い馬に乗った、濃い茶髪に鳶色の瞳、そして小麦色の肌をしたエルフが、五人ほどもいた。
「私の結界内で、転移魔法を使えるのか!?」
ストラが三人を退避させた直後、レミンハウエルは驚きをもって叫んだ。
ストラは遠慮会釈なく、一直線に魔王に向けて吶喊。
強烈な余剰エネルギー回収効果場を展開する。
「魔王様!!」
一度それを食らったことのあるエーンベルークンが、思わず声を上げた。
「御救いするぞ!!」
プラコーフィレスに向けて叫び、二人のエルフがそれぞれ秘剣を抜きはらうや、ストラの後を追った。
だが、エーンベルークンより話を聞いていたレミンハウエル、
(……これが、例の魔力を奪うという恐るべき秘技か……!? 面白い!!)
いったん、効果場をその身に食らう。
「かかれ、かかれ!!」
エーンベルークンとプラコーフィレスが後ろからストラへ躍りかかったが、ストラがその二人に向けても効果場を広げたので、急ブレーキをかけてからあわてて離れた。
レミンハウエルは、左手の小さく真紅に光るシンバルベリルより、自身の肉体を通して膨大な魔力が「吸い取られる」衝撃に、愕然とした。全身を大高圧電流に曝したとしたら、このような感覚なのだろう。
(これ……は……!! 人間や……エル……では……ひとたま……も……ない……な……!!)
悲鳴も無く、ただ歯を食いしばり、全身が細胞レベルで引き裂かれ、目玉が沸騰し、脳と心臓が爆発するような感覚に耐える。
「ま……魔王様アアアア!!」
さしものプラコーフィレスが、目をむいて叫んだ。
(だが……覚えた……ぞ……!!)
レミンハウエル、空中で効果場に包まれながらそれに耐え、さらに予め講じていた対抗策を出す。
「……!?」
ストラ、エネルギー回収量が急激に「細く」なってゆくことに驚いた。
(こ、これは、まさか……中和されている……!?)
レミンハウエルの全身から、効果場を打ち消すように調整した魔力が噴出する。比例して吸収量も減少、効果場が見る間に縮小してゆく。
(こんなこと……どうやって……!?)
そもそも便宜的に魔力子と定義した「魔力」自体が、ストラにとって未知の素粒子だ。それを「魔法」「魔術」と称してこの世界の住人がどのように制御し、利用しているのかは、未だ不明なのである。




