第5章「世の終わりのための四重奏」 6-1 レミンハウエル
(あの魔族……! 膨大な魔力子反応……! 前方のフィーデン洞窟エルフの持つクリームイエローのシンバルベリル反応が最小……! 後方のゲーデル山岳エルフの持つ濃オレンジが、前方のクリームイエロ-の約3倍……そして、空中の魔族の持つ赤色シンバルベリル……濃オレンジの約3000倍……!! ケタが違いすぎる……!!)
ストラ、待機潜伏自律行動モードにおける自衛戦闘レベルを最大の3に上げる自己判断。
即座に許可。
同時に、位相空間転移制御プログラム使用も許可される。
しかし、このレベル3は準戦闘モード一歩手前の、待機潜伏行動中最大火力発揮を意味する。
すなわち、戦い方によっては、総エネルギー量のほとんど全てを失っているに等しい現状では、再び行動不能に陥りかねなかった。
(しかし……その分……あの赤色シンバルベリルから、回収できる……!)
ストラも目つきが変わった。
獲物を狙う目だ。
(ほう……!)
レミンハウエルが、その眼に気づいた。
(この状況で、あんな眼をするか……!?)
驚きを隠せぬ。
(こやつ、私を喰う気だぞ……!!)
ヴィヒヴァルン王との古い盟約により、これまで生贄として自称勇者、英雄、凄腕冒険者をイヤというほど喰ってきた魔王にとって、初めて観る眼差しだった。みな、魔王を倒してやると意気ごみ、嘯きつつ、いざこの赤色のシンバルベリルを見るや否や表情に恐怖が貼りついた。強がる者もいたが、眼の奥に絶望が吹き上がっていた。
最初は、魔王もそんな人間やエルフ共の反応を楽しんでいた。レミンハウエル自身が少年のような姿なので、どんな敵も油断し、侮った。中には最初から膨大な魔力を感知し、全身全霊をもって挑む相手もいるにはいたが、そんな時は、わざと手加減して遊ぶ。相手に、
「もしかして、これは……」
「倒せるかも!?」
などと期待させておいて、赤色のシンバルベリルを出した時の顔といったらない。
しかし、百年もするとそれも飽きた。どいつもこいつも、同じ反応だからだ。
それが、どうだ。
このストラの、魔王を狩る気満々のギラついた眼は!!
「ハハハハハ、アハハハハ!!」
レミンハウエルがいきなり笑いだしたので、エーンベルークンが驚いて魔王を見やり、プラコーフィレスも嬉しそうに喜悦の笑みを浮かべて魔王を振り返った。
「生涯最高の獲物だ! 気を抜くと、こっちが喰われるぞ! 二人とも!」
レミンハウエルがそう叫び、いきなりその口が耳まで広がって牙がむき出しとなる。眼も爬虫類人類めいて見開かれ、瞳孔が縦に引き締まった。
「合点承知ですよ、魔王様ア!」
プラコーフィレスが飛翔魔法を駆使し、飛びあがった。
エーンベルークンも無言で続く。
「三人とも、ちょっと避難してて! 必ず、迎えに行くから!」
えっ!? と三人が思った時には、位相空間反転法により「窓」が開き、忍者屋敷の仕掛け扉のように、三人の周囲を四角く切り取った空間がぱたんと入れ替わって。なんと、三人はもう屋外にいた。
「!?!?!?!?」
状況が理解できず、ただ周囲を見渡す。
「ど……どこなんだ、ここはよ!?」
明るさに眼が慣れず、フューヴァが眩しそうに遠景を見やった。地下に入ってから時間の感覚が麻痺し、とっくに地上は夜だと思っていたが、まだ明るいとは。
そこは、荒れ地と草原の中間のような土地だった。広い。周囲に人気も無い。天気が良かったが、風が少し冷たかった。
「ス、スルヴェンでやんすか??」
「いや……たぶん、ヴィヒヴァルンだと思う……」
ペートリューが水筒を傾けながら、観察眼を発揮した。
「ヴィヒヴァルンだってえ!?」
「あそこ……デルエル峠が、フィーデ山の右手にある」
確かに、フィーデ山の姿も少し違うし、向かって左方向にあったはずの峠が右側にあり、そのさらに右にはゲーデル山脈が連なっている。逆に、左側には濃い緑の塊……トラールの大森林が見えた。
「ホントでやんす、スルヴェンとはまったくもって、逆の方向で……!」
つまり、スルヴェンの「反対側」にいることを意味する。
「……てえことは、ここはマジでヴィヒヴァルンなのか……!」




