第5章「世の終わりのための四重奏」 5-3 コルネの恐怖
フューヴァが前に出たが、凄まじい臭いのため、けして一定距離以上は近寄らぬ。
「ホントだって……オレを、助けてくれよ」
「アタシらを、怪しいと思わねえのかよ」
「思ってるよ! 見張りのエルフたちがいっせいにいなくなったし……魔物の気配もぜんぶ消えた。いなくなるエルフたちが、スゴイ敵が攻めてきたって云ってた。アンタらのことなんだろ?」
「ま、まあな……」
フューヴァが、まんざらでもなく鼻を鳴らす
「その部屋へ行くまで、助けてくれよ!! 家に帰りたいんだよ!!」
「どうします? ストラさん」
フューヴァが、振り返って訪ねた。
と、プランタンタンが前に出て、
「旦那、あっしからもおねげえいたしやすです、外に出られる場所へ案内してくれるっちゅうでやんすから、こら、助ける利点があるんじゃねえんでやんしょうか」
「ど、どうしたんだ、おまえ」
いきなりプランタンタンがそう云ってストラへ懇願したので、フューヴァが驚いた。
「プランタンタンさん、同じ奴隷だったので、この子供に同情してるんじゃないでしょうか……」
後ろから、ペートリューがそっと耳打ちする。ハッと息を飲み、フューヴァ、
「ま、まあ案内してくれるっつうんなら、してもらったほうがいいんかもしれませんね、ストラさん。どうでしょう」
近距離とはいえ、どうせストラの探知があるし、この子供がいようがいなかろうが大して変わりは無い。それに……。
(向こう側に……まだ四人ほど、同じような子供が捕らわれている……この子供は、それを知っているのか……いないのか……)
「ストラさん?」
「いいよ」
三人とも、ホッとする。
「そういうことだ。じゃあ、案内しろよ。おまえ……名前は?」
「コルネ」
云うが、コルネは歩きだした。
四人が、その後ろを行く。
歩きながら、フューヴァが少しずつ情報を聞き出した。
「おまえは、いつ、ここの洞窟エルフに誘拐されたんだ?」
「……ずっと地下にいるから、よくわかんないけど……冬は、二回あった」
少なくとも、二年前ということになる。
「年は、幾つだ?」
「10か11」
「どこで、どうやって攫われた?」
「オレ、山のふもとの、カスタを飼う牧場で働いてたんだ。でも、秋口に……気がついたら、この洞窟にいた」
山というのは、フィーデ山のことだろう。カスタは、スルヴェン地方でよく飼われている、我々でいう牛に近い、乳製品や肉、皮革、または労働力に重宝するこの世界の家畜である。
二年前の秋口、そこで放牧されたカスタを追っていたところ、気づいたらこの洞窟にいたというのだ。魔法的な転送による誘拐か、もしくは催眠や幻術でもかけたのだろうか。どっちにしろ、秘術によるものだ。まさに神隠し。これでは、人間の子供などひとたまりもない。
「で、洞窟エルフ共の世話をさせられていたのか? それにしては、汚えけどよ」
「ちがう」
そう云ったきり、コルネはしばし黙りこんだ。
それが、恐怖によるものだと気づくのに、フューヴァとプランタンタンはやや時間を要した。
「どうした?」
フューヴァが、小さく尋ねた。
「バケモノの世話だよ」
魔物のことだろうか。それで、コルネから魔物の臭いがしたものか。
「でかいムシやカニみてえなやつか?」
「うん……」
「魔物に、世話がいるのかよ……」
「コケみたいな敷物の交換とか、エサの世話とか、身体をこすってやるし、カスタみたいに手がかかる」
「よく、襲われねえもんだな」
フューヴァは、これまでに襲撃してきた数々の魔物を思い出し、身震いした。




