第5章「世の終わりのための四重奏」 4-3 魔物重連攻撃
さらに蹴りも加えると、大穴が空いた。
「こっち」
なんと、壁をぶち抜いて、隣の通路につながったではないか。
ストラが進み、三人が急いで穴を通る。巨大コウモリガニが凄まじい速度で襲いかかったが、その巨体が災いし、足先を穴から出すのがやっとだった。
四人が、洞窟の奥へ走り去った。
「やつら、キラトプルの群れを突破しました!」
キラトプルとは、コウモリガニのフィーデンエルフ語名称だ。
「すべて倒したのか? あの数を?」
広い作戦室だ。ピカピカに磨かれた石床に光の線で洞窟図が描かれ、ストラたちを示す四つの光点が、キラトプルを送りこんだ洞窟の隣の穴に移っている。
「こいつら、どうやってこっちに移った? 転送魔法か? 相手の魔法は、封じているはずじゃ?」
真正面に胡坐で座るヂャーギンリェルが、周囲の参謀格の魔術師たちに尋ねた。
「ストラが、岩壁を壊して逃げこんだようですな」
長い白髭に禿頭の老エルフが、見た目よりずっと矍鑠とした声で答えた。ヂャーギンリェルの祖父の代から族長家に仕えている。この洞窟の、最長老だ。御歳936。
「岩壁を壊して? どうやって?」
「それは……分かりませぬ」
「クソ……」
ヂャーギンリェルが、奥歯をかんだ。
「作戦を変更する。魔物を惜しむな。なんとかして、カランドルの谷へ追いこめ。そこでオレが直に迎え撃つ」
「かしこまりましてござります」
最長老を含め、五人の魔術師が胡坐のまま向きを変え、石床に両拳をついて首を垂れる。
ギュヴァ! プラズマ炎が、岩壁に貼りつく蛍光色に光るゼリー状生命体……スライムを蒸発させた。人間などひと吞みにしそうなほど巨大なゼリーだったが、なにせ光るので目立つ。洞窟内発光生物らしい蛍光の黄色、緑、それにピンクの光がブヨブヨと蠢いて、粘菌のように一行へ迫るが、たちまちストラに撃退された。
そこを走り抜け、洞窟の行く手に、次は岩の隙間や穴より幾重にも触手と節足脚が出現して、一行を捕らえようとした。これは、最初に地上で襲ってきた触手脚と同じものに見えた。
ふだん、洞窟内を通る獲物をこうして一瞬にして捕らえる魔物なのだろう。それを、魔術で操って、敵を攻撃する罠として使うのだ。
プランタンタン達はもう疲労と緊張と恐怖で声も無く、ストラに頼る他はない。
先頭を進んでいたストラが、すかさず指向性の高圧電流を放出、洞窟内空間に帯電させ、何匹もの魔物が何十と突き出していた触手と脚を感電させた。眼にも止まらぬ速度で全ての触手と脚が岩の中に引っこんで、その隙にまた四人が走り抜ける。
そのまま走り続けるが、ペートリューが遅れだした。ただでさえ体力は最低なうえ、頑丈なリュックに小さな酒樽を二つもつっこんで背負っている。半分近く飲み干しているとはいえ、それでも重い。
「……ハヒ! ヒィ……!!」
目もくらみ、寒いのに汗だくで、足がもつれる。息も絶えだえとなり、懸命に走っているつもりで、洞窟に倒れ伏した。
狭域ながら常に周辺を探査しているストラが、すぐに戻ってペートリューを助けた。が、ペートリューは意識混濁し、動けそうにもない。
プランタンタンとフューヴァは、ストラがいきなり踵を返したので振り向いて、初めてペートリューの状態に気づいた。
既に、二人も余裕はない。
「……ア……アタシも……もう……ん界だぜ……!!」
フューヴァが両膝に手をついて、大きく息を吸うが、洞窟内は酸素が薄いのか、吸っても吸っても苦しかった。
またペートリューほどの重量ではないが、フューヴァとプランタンタンも大森林を踏破するための装備を満載した大荷物を背負っている。プランタンタンは高地の重労働で鍛えられているものか、二人よりはマシな状態だったが、それでも薄緑に光る眼を白黒させ、薄い胸板を激しく動かし、大きく息を吸っている。
「だッ……旦……だ……那……ひと休み……いたしやしょう……!」
ペートリューを抱えて上半身を起こし、気道を確保しているストラは、しかし、狭域探査でまだ魔物が迫ってきているのを感知していた。
(位相空間転移確認……菌類類似生物ながらヒト状……前後合わせて37体……)
云うなれば、キノコ人間である。猛毒の胞子をもち、かつ食人キノコの魔物だ。身長2メートル以上の大柄で、ミチミチに太っている。洞窟内一杯に迫っていた。




