第5章「世の終わりのための四重奏」 4-2 群生コウモリガニ
「まさか、洞窟エルフたちの酒でやんすかね? あっしらエルフは、人間と違って薄い酒を飲むんでやんす」
「そんな酒の匂いが分かるのかよ!?」
フューヴァが眉をひそめた。
即座に、ストラが大気成分を分析。
(極々微量の果実性香料成分を感知……確かに、果実酒の可能性が高い……これを、生身の嗅覚が探知するなんて……イヌより凄い)
ストラが、まじまじとペートリューを見やった。
もう、そのペートリューが洞窟に入って行ってしまう。
プランタンタンとフューヴァが止めようかどうか迷っている間に、ストラが照明球と共に続いたので、二人も続く。
そうして、時間の感覚も分からず、トンネル状の洞窟をしばらく進んだ。
「……ペートリューさん、正解だったかもしれねえでやんす」
プランタンタンが、いきなりそんなことを云いだした。
「なんでだよ」
「御覧なせえ、壁や天井が、自然の洞窟から、きれいに掘った穴になりやあした」
御覧なせえと云われても、フューヴァの眼には真っ暗でよくわからない。
「もうすぐ、分岐。左右に道が分かれてる」
ストラの声がし、先頭を行くペートリュー、しかし、
「……匂いが、分かんなくなってきました……」
「なんだよ、やっぱり気のせいだったのか?」
「違いますよ、さっきはちゃんと匂いがしました。でも……なんか、違う匂いが……」
云うが、ストラが前を行くペートリューの腕をつかんで引き戻す。
「警告。下がって。魔物」
慣れたもので、即座に三人が下がる。
ストラが照明球を増やし、トンネルの前後に放った。
「おわあ!!」
フューヴァが悪寒に叫ぶ。
明かりの中にいたのは、トンネル内にびっしりとはりついた、巨大なヤシガニような真っ白の甲殻類だった。大きさはさまざまで、小さい物は(それでも)人の頭ほどあり、大きい物は1メートル以上もあってトンネルの半分近くを埋めている。しかも、背中というか甲羅に、コウモリ翼が生えていた。まさか、飛ぶのだろうか。
その数、数百。
「いつの間に、こんなにいたんでやんす!?」
「わかんねえ!」
後ろにもいるので、三人は下がるに下がれぬ。
(位相空間転移を確認……! 狭域空間内戦闘……大火力は不可……三人を巻きこむうえ、洞窟崩落の危険……!!)
転送魔術で送りこまれ、忽然と現れたコウモリガニ(仮称)の大群を前後に、ストラが戦闘法を選択する。
(……甲殻表面に、魔力子による特定パターン文様無し……プラズマ攻撃が効果有りと認む)
探査により、即座に特性を分析した。
「走るよ!」
云うが、ストラの両手や額の辺りより、無数のプラズマ弾がほとばしった。散弾のようで、一発一発が確実にカニへ命中する。殻を砕き、焼き殺した。
驚いたカニ共、一斉に飛び立った。トゲだらけなうえに巨大なハサミを振りかざし、それがぶつかっただけでも大ケガをしそうだ。
三人は腕で頭を囲い、死に物狂いでストラに続いて走った。
だが足元は砕けたカニの死体だらけで、踏んだり蹴飛ばしたりでとても全力疾走は無理だ。野外用の、頑丈なブーツだったのが幸いした。通常の革靴では、トゲが刺さって足を負傷していただろう。毒でもあったら尚更だ。
ストラは、分岐を右に進んだ。
左に、さらに魔物(正確には魔力子生命体)の反応があったからだ。
だが、進んだ右側にも魔物が転送される。
洞窟の通路一杯に、いきなり「出現」した巨大コウモリガニが塞がった。
「……!」
ストラが少し強めにプラズマ弾を発射したが、巨大なハサミで蓋をするように通路を塞ぎ、楯として、その分厚い甲殻が魔術的効果ではなく物理的にプラズマを弾いた。
弾かれた火球が天井にあたり、爆発。砕けた岩が落ちてくる。
「ひょええ!」
プランタンが、頭を抱えて悲鳴を発した。
(こいつを殺傷する火力は、岩盤崩落の危険……!)
ストラ、立ち止まるや超パワーでパンチを繰り出す。
しかし、巨大コウモリガニではなく、通路の岩壁だ。




