第5章「世の終わりのための四重奏」 3-6 魔法じゃない
ストラの余剰エネルギー回収効果場は、肉眼ではあまり認識できない。が、空間の歪みとして、光のカーテンのような力場が空間に揺らめいているのは分かる。
上流から流れて来る溶岩流に果ては無く、どんどん固まった溶岩を越えて迫ってくる。
それが、越えた側から次々に瞬間冷凍されたように、さらなる岩となって盛り上がるものだから、見る間に山のようになって、自然にダムとなり、やがて空間の半分近くを埋めつくして完全に溶岩の流れを塞いでしまった。
流れが止まり、必然、ストラの熱エネルギー回収も終わる。
熱さが消え、むしろ冷たい空気が三人の隠れている洞窟から吹きこんだので、三人とも身震いした。
「もう、渡れるよ」
照明球に照らされて振り返るストラの声に、三人は金縛りが解けたように息をついた。
「…………?」
族長が魔術を行使する専用の特別な部屋でヂャーギンリェル、茫然と首をひねった。
こんなことは、当然ながら初めてだ。
敵と戦うにしても、精霊を魔術や魔法の武器で破壊されたことはあった。
しかし……。
一瞬で消えた理由が分からぬ。
しかも、同時に八体もの精霊が。
理論的に、術者であるヂャーギンリェルが自ら術を解かなくては、一瞬で八体同時に消失するのはあり得ない。全滅するにしても、一体ずつ破壊されるか、少なくとも二~三体ずつ破壊されなくてはおかしい。
いや、それ以前に、破壊されたら分かる。
破壊されたわけではない。パッ、とかき消えたのが理解できぬ。
すなわち、魔術を打ち消されたのだ。
だが、この世界の魔法に「キャンセル・マジック」という概念が存在しないので、何をされたのか理解できぬ。
ヂャーギンリェルは、魔王レミンハウエルの忠実なる信徒にして、魔術の弟子だった。
(フン……ただの魔法戦士ではないようだな……)
楽しげに、その真っ白な顔をゆがめた。
だが、真紅に輝く眼は笑っていない。
「大将、手応えはどうだい」
後ろから声がする。この部屋に無断で入ることを許されているのは、ただ一人だった。
プラコーフィレスだ。
「だから、大将って呼ぶな」
ヂャーギンリェル、緊張を解き、一息ついた。
「いいじゃんか、別に……」
プラコーフィレスは、相変わらずの軽薄さで、ズカズカと「祭壇の間」の奥まで入った。
「シケた顔してんな」
「精霊が消えた」
そして、ヂャーギンリェルがまた首をひねる。
「いや、消されたっちゅうか……」
「うん。プラッキーも感じた」
「一体全体、ナニが起きたのか……? と、思ってよ」
必殺の精霊を全て撃退されたというのに、怒るでも恐れるでも悔しがるでもなく、ヂャーギンリェルがしきりに不思議がるので、プラコーフィレス、
「何がそんなに、不可解なんだ?」
「アイツ、本当に魔法戦士か?」
プラコーフィレスは、ヂャーギンリェルの質問の意味が分からなかった。
「どういうこと?」
「魔力がまったく動いてない」
「?」
「アイツの魔法、魔力がまったく動いてないぞ」
「そんな。バカな……」
「だからよ」
祭壇の前に胡坐で座ったままのヂャーギンリェルは、さらに何度も首をひねった。この世界の魔術師の常識では、あり得ない。まったく理解できなかった。
「じゃあ、魔法じゃないんじゃない?」
「なにィ!?」
思わず振り返って、ヂャーギンリェルがプラコーフィレスを見つめた。
「魔法じゃなきゃ、なんなんだ!?」
「さあ……」
能天気な調子と表情……いや、むしろニヤッと笑って、腰に手を当てたプラコーフィレスが斜に構える。
「いちおう、魔王様に報告する?」




