第5章「世の終わりのための四重奏」 3-4 火の精霊の罠
「……地獄の底ってのは、きっとこういうトコロなんだろうな……!」
フューヴァも、熱くて汗をかいているのか、冷や汗なのか分からないほど、ドッと全身が濡れた。さしものペートリューですら、酒を飲む余裕も無く、灼熱の溶岩を凝視して震えている。
「もっ……戻りやしょう……旦那……こんなの……無理でやんす。いくら旦那に抱えていただいて、空を飛んで渡るったって……熱さにやられちめえやんす……!」
「でも、渡らないと、フィーデ山は抜けられないよ」
「ホントにでやんすか!?」
愕然として、プランタンタンが固まりついた。
「でっ、でもよ、ここのエルフどもは、どうやって渡ってるんだ!? だって、こっち側の通路、洞窟のエルフ共が掘ったんだろ!?」
「あっ、あれです!」
珍しくペートリューが能動的に前に出て、溶岩の川を指さした。
「……どれだよ!?」
フューヴァが眼を細め、熱波を顔で遮りながらペートリューが何を指さしたのか確認する。
「おい、何の話だ!?」
「橋があったようですよ! あそこ……石の加工の跡があります!」
「……橋だって……!? こんな、火の川を渡る橋!?」
フューヴァが分からないでいると、プランタンタンも発見した。
「あれでやんす……そうか、洞窟エルフの連中、あっしらが渡れねえように、橋をぶっ壊したんでやんすね!」
岸を削り、岩を埋めこんでアーチ橋を作っていたのだろう基礎部分が、両岸に残っている。やっとフューヴァもそれを発見し、
「ホントだ……マジかよ……!! 渡ってったって……橋の上は、熱くねえのか……!?」
「魔法かもしれやせん。魔法で、橋の上を熱くねえようにしてしたのかも……!」
「そんな魔法あるのか!?」
フューヴァとプランタンタンがペートリューを見やったが、ペートリューは顔を歪めて申し訳なさそうに首を傾げ、リュックに結わえてある水筒からカルバドスを五口飲んだ。
聴いた自分たちがバカだったと思い、必然、ストラの後ろ姿を見た。
ストラは溶岩の流れを凝視し……微動だにしない。
こういう時のストラは、何らかを「タンチ魔法」で探っているのだと、だんだんプランタンタン達にも分かってきた。
じっとりとサウナめいた熱気に耐えながら、三人はストラが魔法を使い終わるのを待った。きっと、渡る方法を探っているんだと信じて。
だが……。
「警告。危険。魔力子の急激な移動と収束を感知。魔力が集まってる。何らかの、魔法による襲撃を予想。下がって!」
「ホイ来た、下がるでやんす!!」
真っ先に、プランタンタンがいま出てきた洞窟へ駆け戻る。
「お……おい待て!」
フューヴァも急ぎ後に続いたが、ペートリューが溶岩流を見つめたまま固まっていたので、その手をとって無理やりひっぱった。
そして三人ともが直角に曲がった洞窟へ避難し、恐る恐るストラを確認した。
「……なんだ、ありゃあ!!」
もう、溶岩流から何本も火柱が立っている。
「火の魔法か!?」
「……火の精霊です!! 火蜥蜴が……あんなに……!!」
ペートリューが、汗だくになって全身を振るわせながら叫んだ。
「さらまんだ!?」
フューヴァがプランタンタンを見た。
「なんだ、そりゃ!?」
「知る訳ないでやんす」
「だよな」
「でも、バケモノに違いなさそうで……火のバケモノでやんす!」
改めてブランタンタンとフューヴァが岩影より見ると、何本もの火柱は渦を巻いて次第に形を作り……やがて、身長が2メートルはある、大トカゲとワニを合わせたような顔と屈強な肉体を持つ真紅の怪物……蜥蜴人に近い……が、溶岩の流れの上に立っていた。しかも、どこから出したものか……鉄めいた材質の槍状の武器を手にしていた。
その数、八体。
それが多いのか少ないのか、まったく分からない。が、ガクガクと震えて声も無く酒を飲む余裕すら無いペートリューの反応を見ると、
「さすがに、ヤバそうでやんす……!」
「……ストラさんを信じるしかねえよ……!」
しかし、ギュムンデのようなハデな戦いを繰り広げては、こんな洞窟、たちまち崩壊して生き埋めとなるのは想像に難くない。




