第5章「世の終わりのための四重奏」 3-3 溶岩の川
ストラは40メートルほどの三次元探査を常時行い、狭い範囲ながら洞窟の構造を逐一把握した。ただの洞穴ではなく、アリの巣のように複雑かつ規則的に部屋が構築され、エルフや魔物、さらには人間も暮らしている。いま進んでいる大回廊のような通路の岩壁の向こう側にも、同じような通路や部屋がある。我々で云うと、地下街や地下鉄のような構造だ。
「洞窟っていうと、もっと狭くて通るのも大変だと思ってたけど、こんなに広いんだなあ」
フューヴァが感心して、照明の奥の闇に向かって云う。
「あっしは、洞窟っていうとお宝が眠ってるとしか思えやせん」
「はあ? なんで洞窟にお宝が眠ってるんだよ」
「洞窟と云やあ、お宝でやんしょう、ゲッシッシッシシシッシ……!」
「だから、なんでだよ」
細くなって揺れる薄緑の眼を観て、フューヴァが尋ねた。
「そら、誰かが隠すからでやんす」
「じゃあ、ここには、洞窟エルフのお宝が?」
「そういうことでやんす、シッシッシシシシッヒヒヒ……!!」
プランタンタンは、グラルンシャーンの牧場からタッソに抜ける、狭い抜け穴のような秘密の洞窟を思い出した。
(あっしは、あそこでストラの旦那っちゅう、とんでもねえおたからを拾ったんでやんす……! 洞窟にゃあ、絶対にいいものが落ちてるでやんす……! ゲッヒィ! ィヒッシッシシシ……!!)
「ふうん……そんなもんかねえ……」
フューヴァがいまいちピンと来ずに、足元を見つめた。周囲が真っ暗なので、必然、足元を見る。そして、ふと、気づいた。
(そういやあ、さっきストラさんが、ここはエルフが掘って作ったみたいなことを云ってたな……)
物の本の知識で、洞窟と云うのはもっとゴツゴツして岩だらけだと思っていたが、いま歩いている場所は明らかに地面が水平で、しかも丁寧に削られて、なだらかだった。
(よく考えたら、スゲエな……こんな巨大な洞窟を、アリやモグラみてえに掘って作ったのかよ……!)
感心よりも妙な恐怖に襲われ、フューヴァが小さく震えた。
それを見やったプランタンタン、驚いて、
「フューヴァさん、寒いんでやんすか!?」
「え? いや……ちょっと、な」
「あっしはむしろ、あっついでやんす。なんか、あっつくねえですか?」
「暑い? そうか?」
ふとペートリューを見ると、既に汗だくでヒィヒィ云っていた。小さいとはいえ酒樽を二つも背負っているので当然とも思えたが、
「い、いや、洞窟内の温度が、急に上がってますよ……さっきまでより、絶対に暑いです……!」
ペートリューも、そう云ってタオルで顔をぬぐった。
そう云われると、フューヴァも分かってくる。何より、進む先から乾いた熱い風が吹きこんできている。
「ホントだ……ストーブみてえな空気が流れてるぜ……!」
しかも、進むほどに暑さ……いや、熱さが増した。そして、顔を覆うような熱波となった。
「ストラさん、これは、魔物か何かですか!?」
さすがにフューヴァも叫んだ。
「いや、溶岩が露出してる」
事も無げに、ストラが答える。
「ようがん!?」
プランタンタンはその単語を知らず、知識として知っているだけのペートリューとフューヴァが思わず叫ぶ。
「な、なんでやんす?」
「あっつくて、岩が融けて流れてるんだよ!!」
「……? い、岩って、融けるんでやんすか? 雪みてえに?」
そんなバカな、といった口ぶりだ。
が、洞窟がほぼ直角に曲がり、ストラがその先に消えたので後ろからついて行った先の光景に、プランタンタンも全てを理解して腰を抜かさんばかりに驚いた。
大きく広い地下空間のど真ん中を、真っ赤に光る灼熱の溶岩流が川となって流れていた。
「……あッッッつ!! あっッついでやんす!!!!!!」
とんでもない熱気が渦巻き、陽炎が空気の対流を生んで熱風となって逆巻いている。
溶岩流は幅が約15メートル、深さは溶岩の川面まで 2メートルもないくらいだ。かなり粘性が少なくサラサラしており、先程の地下河川ほどではないが、見るからに分かるほどのスピードで滔々と流れている。火山性のガスが泡となって弾け、流れながらグツグツ、ボコボコと煮え立っていた。




